あっという間に過ぎ去っていく日々。
晴華学園で行われた【時雨祭】も無事終え、再び落ち着いた日常が戻ってきた。

現在は5月末。
梅雨が目前まで迫るこの時季、見上げた空は晴れてはいるが薄い雲が静かに流れている。





「天気予報は晴れのままって言ってたし、洗濯物も大丈夫だね」





悠梨ゆうりは空を確認すると、そのまま鍵を片手に家のドアをしっかりと閉める。
きちんと鍵が閉まった音を聞いてから、ドアノブを引いて再度確認。

小さく頷いて鍵をスカートのポケットに仕舞うと、鞄を握り直して家に背を向けた。


いつもの通学路を軽快に通り、近所に住むおばさん達と挨拶を交わす。

住宅街を抜け、商店街を出た先にある交差点。
ここまで来ればいつも目にする同じ制服姿の晴華学園に通う生徒たち。

視界で信号が青から赤へ変わる合図の点滅が起き、悠梨は慌てて駆けだす。
もう少しで横断歩道に辿り着く。そう思った瞬間だった。


キキィッ、と予想外な事に、目の前に突如として自転車が現れた。





「きゃっ…」





驚いてそれに僅かに声に漏らすも、なんとかぶつからずに済み、ほっと安堵を漏らす。
そして目の前に現れた自転車へと目を向けると、再び予想外な事が起きた。





「ったく…。このアホ!人にぶつかったらどうするつもりだったんだ」


「わ、悪ィ悪ィ。俺も今のはさすがに予想外で…」






目を点にしてぱちくりと瞬きを繰り返す悠梨。
彼女の視界には間違うはずのない髪色をした人物が2人。

それはキレイなサラサラの青髪と、少しクセのある同じくしてキレイな銀髪。
信じられない思いでそれをまじまじと見つめていると、その人物たちの視線が同時に自分へと向いた。





「あ?え、お前…」





青い髪の男子が少し驚いた様な顔と声でそう言った。
直後――――――――――、





「おおーっ!マイ☆スイートエンジェル!悠」





銀髪の男子が目をらんらんに輝かせて両手を広げ、そのまま悠梨に飛びつこうと体制をとった時だった。
青い髪の男子・瀬那せなが、その行動を起こそうとしたもう一人の男子。吹雪ふぶきに水平チョップを見事額に直撃させた。

全てを言い終える前に「ぐへぇっ!?」と格好の悪い声をあげ、自転車に座ったまま額を押さえて悶える吹雪。

そんな彼の後ろ、つまりは後輪上にある助手席にて座りながら溜息をつく瀬那は、驚いたまま固まっている悠梨を一瞥し、
軽い身のこなしで吹雪の自転車から降りて悠梨の前へと歩み寄った。





「やあ。おはよう、川崎さん」


「へ?あ、はいっ。おはよう…ござ、いま…?えーと…?」





今の瀬那は普段と同じ眼鏡をかけ、優等生を演じる様をしている。
そして口調もその時のままなので、悠梨は一体どう彼を呼べばいいか迷っていた。

すると――――――――――ズビシッ。

彼女の頭にも、彼のチョップが当てられた。
思わず当てられた場所を押さえて瀬那を見上げると、彼は呆れた表情で彼女を見下ろしていた。





「お前…。まさか俺の本性を忘れたワケじゃないよな?」


「わ、忘れたりしないよっ。ちゃんと覚えてるよっ。ただ…」





「瀬那君が、前と同じように話すから…」悠梨は視線を泳がせながら小さく呟いた。

瀬那は右手を腰に当てて空いている左手でかけていた眼鏡をクイッと直す。
その後ろで吹雪が復活し、未だ額を摩りながら瀬那の横に並んできた。





「まあ、俺達が【S.B】って事に変わりはないから、街中で騒がれると大変だろ?今の瀬那はそれをさせまいとミニ変装してるワケ」


「どっかの誰かさん達が余計な企みさえ起こさなければ、俺は今まで通り素顔がバレずに済んでたんだがな」





瀬那の冷たい眼差しと低い声により、吹雪が「うっ」と言葉を詰まらせる。

瀬那は【Sky Blue】という有名アーティストのASUKAという芸名で芸能界で活動している。
そしてサングラスを常にかけていたため、彼の素顔は隠されていた。
それにより、例え素顔でいたとしても"ASUKA"の素顔がバレていない限り余裕は持てていた。


しかし、それはつい先日、あっけなくも崩れ去った。

晴華学園に彼がASUKAだと知られた当日、生放送番組である音楽番組にて、彼の素顔は同じ仲間たちの手によって暴かれてしまった。
よって、現在では彼の素顔を知らない人は少なくはない状態になってしまい、瀬那の余裕は大きく減ってしまったのだ。


その時の出来事から1週間ほど経ったが彼は少し根に持っている。
吹雪は苦笑しながら、そんな彼の肩を2、3回ぽんぽんと触れて、





「まあ、ちょうどいい機会だったんだよ、きっと。ほら、社長も"そろそろ仮面を外せ"って言ってたじゃんか」


「都合のいい事を…。どうせ言いだしっぺはお前なクセに」


「どきぃっ」





瀬那の直感の鋭さは天下一品だ。
吹雪は図星を表すかのように自分の胸を右手で押えて冷や汗をかく。

そんな彼を目の当たりにした瀬那は"やっぱりな"と重たい溜息をついた。





「そ、そういえば、2人が一緒に自転車乗ってるの初めて見るね。もしかして、いつもこうして登校してるの?」





悠梨がその場の重たいオーラをなんとかしようと話を変えに呟いた一言。
それを聞いた2人の内、瀬那は相変わらずな態度のまま首を振った。





「違ェよ。今日はたまたまだ」


「え?」


「俺と瀬那だけ今日は朝から打ち合わせがあったんだよ。けど、登校時間に間に合わないって瀬那が困ってたから、
 どうせ途中までの道は同じだしってコトで、俺がこうして分かれ道までマイチャリで乗せてきてやったってワケ」





最後にはキラーンと効果音がつきそうな決めポーズと歯の輝きを見せる吹雪。
それを無視してポケットに入れていた携帯を確認した瀬那は吹雪へと視線を移すと、





「おい、吹雪。そろそろ行かねーとお前が遅刻するぞ」





そう言いながら見せた携帯画面には8時15分と示されていた。





「あっ、ホントだ、ヤベ!」





吹雪は自転車のカゴに入っていた鞄の一つを瀬那に手渡すと、2人に向きなおっては笑顔とVサインを向け、





「んじゃ、またな!しっかり授業受けるんだぞ!」


「お前がな」





ニッと笑顔を浮かべた吹雪はそのまま自転車をこいで、その場から軽快に去って行った。
賑やかな彼の姿が見えなくなるまで見送ると、瀬那は無言で横断歩道を渡りだす。

いつの間にか青へと色を変えていたそれを見て、悠梨は慌てて彼の隣へと走り寄ると瀬那を見上げた。

すると、珍しくも彼のネクタイが少々乱れている。
普段はしっかりとしているのに、今日は吹雪が言っていた通り急いできたのだろう。
その彼らしくないネクタイの傾き様に、悠梨は小さく笑った。





「何笑ってるんだ?」





不意にかけられた言葉に悠梨の視線は瀬那と重なる。
それに頷いて彼のネクタイを指させば、瀬那は「ああ」と呟いてその場で立ち止まった。

他人の邪魔にならないよう、通りの端に寄って鞄を手首に提げたままネクタイを直す。
しかし、鞄が邪魔をして思うように直せない。


悠梨はそんな彼を見ながら悩んだ末、躊躇いがちに声をかけた。





「あ、あのっ、瀬那君」


「何だ?」


「私が直してあげるよ」





予想していなかったのか。瀬那は少しの驚きを見せる。
悠梨はそんな瀬那に見つめられながらも首を傾げて見つめ返した。

しばし考えた結果、瀬那は「じゃあ…」と呟き、ネクタイの端と端を片手に持って彼女に差し出した。
了解を貰えた悠梨は少し嬉しそうにはにかみながら瀬那のネクタイを受け取る。
結ぶ際、鞄が邪魔になるだろうと瀬那が悠梨の鞄を持ってくれ、悠梨は少し緊張しながらもなんとか結び終えた。





「で、出来ました」


「ああ、サンキュー。上手いもんだな…キレイに出来てる」





瀬那からの褒め言葉に素直に嬉しさを浮かべる悠梨の顔には、少し頬を染めた笑顔が。

瀬那に持ってもらっていた鞄を彼から受け取り、再び学校までの道のりを進みだした所、彼女の耳には「可愛いわねー」や
「若い新婚さんみたい」とこちらを見ながら微笑んでいる老人のグループの話声が届く。

慌てて瀬那へと視線を向けるも、どうやら彼には聞こえていないらしく、前を向いたままだ。
だが彼女の視線に気づき、不意に重なったそれに悠梨は顔を真っ赤にして慌てて顔を逸らした。

瀬那はそんな彼女に不思議そうな表情をするが、さして気にせず再び前へと視線を戻す。
悠梨は未だ下がらぬ熱を抑えようと両手で頬に触れるが、学校に着くまでの間、満足な会話は出来なかった。





















晴華学園に到着して朝のHRを受けていると、担任である小島が数回パンパンと手を叩いて生徒達に注目の合図を出す。
今まで話していた口を静かに閉じ、彼等の視線が自分に向けられたのを確認すると小島は黒板に軽快な音をたてて文字を描いた。





「えー…、無事【時雨祭】も終わり、来月の20日には【体育祭】が待っている事をお前等は分かってますかー?」





体育祭。それは夏休みに入る前の最後の行事。

小島の少々気の抜けた声を聞きながら、そういえばと再びざわつき始める教室で悠梨もまた同じ事を思っていた。
前方、つまり教卓付近にいる生徒の茜や淳達は気合いが入っているようではしゃぎの声を上げる。

どうやら彼女のクラスは【時雨祭】よりも【体育祭】の方が人気のようだ。





「体育祭か…。スケジュールどうなってたかな…」


「瀬那君、体育祭出られないの?」





耳に入ってきた声に思わず問いを返すと、瀬那はふと悠梨を一瞥して苦笑。
もしや、そんな。と自然と眉毛を下げればズビシと彼特有のそれを脳天に受けた。





「アホ。誰も出れないとは言ってないだろ」


「え、」


「ウチの社長はそういった学校の行事を大事にする人なんだ。だから欠席になる事はないと思う」


「ホント?」


「…こんな嘘言ってどうすんだよ」





呆れながら一息。自分がASUKAだとバレてからの彼は自然な表情が増えるようになった。
今まで猫を被って接していた相手にも容赦なく発言をし、笑顔でもあの(主に淳相手に発動する)圧をかけた満面の笑みを向ける事もある。

一部の者からは猫を被っていない瀬那との方が話しやすいという声も聞く。
どちらに転んでも、瀬那は相変わらず人気を誇ったままだった。





「というワケで、全員参加競技以外のものは早い者勝ち、もしくは推薦にしようと思う!」


「とりあえずこの紅白リレーは自己タイムを見て決めるから、その他のものを決めよー!」





いつの間にか教卓には茜と淳の姿。2人は体育委員のため、体育祭の係でもある。
そのため、種目の参加者を決め、報告するのもまた彼らなのである。

積極性のある者は次々と自ら挙手をして参加種目を決めていく。
悠梨がどうしようと悩んでる間にも、着々と項目は埋まっていってしまっている。

その状況に追い込まれた悠梨は茜とあやのに視線を向けるが、黒板には既に2人の名前は記入済み。
余計に焦りを覚えた悠梨の目に飛び込んでくる『長距離走・障害物競争・借り物競走』の文字。
もう残っているのはそれだけ。どうしたものか。長距離だけは無理だと頷く。





「えーと、まだ名前がないのは…。あ、悠梨。アンタどれにするの?この中で出れそうなのある?」


「え、えと…えっと…」


「って、瀬那もまだじゃねーか。お前出れんだろ?っていうか出るよな!どれにすんだ?早いとこ決めちまおうぜ」


「…どれでもいい」


「はあ!?」


「だから、どれでもいい。俺は余ったので構わない」





さすがは嘉山瀬那!と彼がもたらす余裕にクラス内がザワめく。
瀬那が残り物でいいと発言したお陰で、悠梨は選択を余儀なくされてしまった。

じりじりと視線だけが集まる中、彼女は一大決心と言わんばかりに真剣な表情で茜に告げた。





「茜ちゃん。私、借り物競走に出ます…!」





















「へー。悠梨ちゃん、借り物競走に出るんだー」


「は…はい」


「先輩、何でそんなに元気ないの?そんなに借り物競走イヤだった?」


「い、いえ。そういうのではなく…」





あれから全員が参加する競技が決まり、翌日から個人練習が始まる事になった。
あまり体力や足に自信がない悠梨は家に帰ってから筋トレやマラソン等を考えていたが、その前に燈弥に手を引かれて某スタジオに連行された。

最早諦めている瀬那は一度は止めたものの、途中で吹雪と遭遇してしまい、止める事が無理だと判断。
そのまま悠梨は家に帰る事はなく、彼等が会議を開く少し小さなスタジオへやってきたのだ。

前々から気にしている関係者以外立ち入り禁止の文字。
自分はなぜこんなにもこういった場所に連れてこられるのか分からない悠梨は、改めて瀬那に問うた。
しかし、帰ってきた言葉は「悪い。7割がたは諦めてくれ。」

悠梨は今まで外側からしか見ていなかった彼等の素性を、前回のをきっかけに少しずつだが本当の彼等を知っていっている。
それで言える事が、瀬那は前からも、そしてこれからも彼等と言う仲間をまとめていく重要な人物なのだと改めて思った。





「良いなぁ、体育祭!俺も早くやりてーなぁ」


「烈火君は体育祭が好きなんですか?」


「ぅえっ?あ、ま、まあ…どっちかってーと、好き」





歯切れの悪い答えに烈火自身が苦笑を浮かべている。
悠梨は彼が女性が苦手だと知っているので、急に話しかけた自分に非がある事を反省する。

しゅんとする彼女に慌てた烈火は救いを求めるべく瀬那に視線を向けた。
瞬間――――――ズビシ。

悠梨の脳天に本日二度目のチョップが当てられた。





「せ、瀬那君…?」


「いちいち気にするな、アホ。烈火は女性には誰にだって"ああ"なんだ。いつまでもそんなんじゃ、やっていけねーぞ」


「う、うん…」


「そうだぜ、悠梨ちゃん!烈火なんて放っておいて、今から俺とデートし」


「だから躊躇いなくナンパしてんじゃねェよ、バカ吹雪が―――――っ!!」





渚の鉄拳が吹雪の頭に炸裂して2人の騒がしい声が部屋中に響く。
既に何度も目にしている光景を目の当たりにしながら呆然としていると、隣から小さくコトンと音が。

振り向くと、唖然。
悠梨は初めて見るその光景に思わず瞬きを繰り返した。





「え、あの…瀬那、君?」


「…何だ」


「えっと…それは、もしや」


「――――ああ、」





悠梨の直横に用意されているイスに腰掛けながら片手にスプーンを構えている瀬那。
だが、彼女の視線はもう片方の手に持たれている物に集中している。

ほのかに甘く、けれどもちょっとだけ苦味を与えるカラメル色のそれが焼けた表面。
その下は滑らかで、けれども優しい色。そう、それはまさしく―――――。





「美味いよな、焼きプリン」





にっこり顔の瀬那。驚き過ぎて言葉を失う悠梨。

何故なら、以前瀬那は甘いものが苦手だと言った。そんな彼が今食べようとしているのはまさしく甘いもの。
これは一体どういう事か。もしや、あの時言った事は冗談だったのか。

ぐるぐると考えを巡らせている悠梨に首を傾げながらベリッとフタを剥がす彼は、それを静かにテーブルに置いて食べる構え。
ぷすっとスプーンをプリンに差し込み、掬いあげる動きがスローモーションで彼女の視界に映る。

さあ、口を開けて、食べる。
その瞬間。





「―――――ん、」





口内に広がる仄かな甘い香りと味。そしてふんわりした食感。
驚き過ぎて大きく目を開く悠梨は、ただ固まった状態で目の前で微笑する彼を見つめていた。





「美味いだろ、この焼きプリン。お気に入りなんだ」





そう言って、ぱくり。
最早言葉で言い表せない言葉が彼女の口から飛び交う。

それに今度は瀬那が驚きを見せるも、それ以上に驚愕をみせたのが後ろにいる外野者たちだった。





「ぎゃああああっ!!ゆ、悠梨ちゃんのキッスが奪われた―――――!!」





勢いある突進をみせながら瀬那に掴みかかる吹雪は、ガクガクと彼の肩を前後に揺らしまくる。





「おいっ、バカ瀬那ぁっ!!なに俺よりも先に悠梨ちゃんとキスしてんだよ!お前そんな薄情な奴だったか!?
 いくら俺より人気あるからって、やって良い事と悪い事があるだろーがぁぁぁっ!!」


「何の心配してんだテメェ!つーか、嘉山!お前もお前だ!何ナチュラルに…っ、き、き……間接キスしてんだコラァッ!!」


「さすがに今のは驚いたな…。だがよ、渚。瀬那の場合、天然での行動だから、んな怒ったところでどうしようもねーだろ」


「っ、そ、そうだとしても!無意識だからこそ逆に質悪い話だろーがっ!!」


「うわー…。瀬那って意外と大胆なんだね。オレ、初めて知ったかも…」


「バカ瀬那ぁっ!アホ瀬那ぁっ!!返せ返せっ、俺の悠梨ちゃんのキスぅぅぅっ!!」


「いつお前のになったんだよ!!いい加減黙れクソリーダー!!」





ベシッ、吹雪の頭は再び渚に叩かれる。
それでも騒ぐのを止めない吹雪は相変わらず瀬那に突っかかってキーキーと言う始末。

そんな事をされっぱなしで未だに大人しい状態を保つ瀬那に疑問を感じた烈火は、おそるおそる彼を覗く。





「瀬那?」


「…かんせつ、キス…」


「お、おい?」





急に吹雪の手を離して顔を茹でダコ状態にしたまま固まっている悠梨に近づく瀬那。
びくーっと緊張を更に上げた彼女は、目の前で自分を凝視する彼に益々鼓動が加速した。





「悠梨、」


「は、はいぃっ!」





ばくん、ばくん。心臓が煩い。
まるで彼女を追い詰めるように瀬那の指先がその頬に触れる。

びくっ。肩が揺れ、体が強張る。
困惑した視線を向けながら目の前に居る彼を見上げていると、不意に口元に柔らかなものが当てられた。





「…っ!」





ぐいっ。
悠梨の唇に触れたそれは柔らかな袖口。

ふきふき、と彼女の唇の上を制服の袖を小さく左右に動かす瀬那の行動にメンバーは唖然。
その中で唯一一歩前に出た渚が「お前…何してるんだ?」と問うと、瀬那は表情を変えることなく振り返り。





「いや、そんなに気にする事なら拭いておけばいいかと」


「アホか―――――っ!!!」





ペシーン!珍しく吹雪の張り手が瀬那に喰らう。
意味が分からないと戸惑った表情で叩かれた頭を摩りながら吹雪を見るが、当の彼はフーフーッと荒い息のままギロリと瀬那を睨んだ。

そして勢いよく前で突きだされた指さしは力強く彼へと向けられるのである。





「この大馬鹿者ォォォッ!!唇だけ拭いたって意味無ェんだよ!お前の場合その奥まで入っちゃってんだよ!羨ましい事山の如しだなコノヤロー!!」


「だからテメェは余計な事をいちいち叫ぶんじゃねェ!何羨ましがってんだアホ!!」


「…悪い、吹雪。意味が分からないんだが」


「意味が分からない!?お前、勉強だけできればそれで良いと思ってるからそうなんだよ!悠梨ちゃんのキス味わいやがってチクショー!!」


「ちょっと、吹雪。それじゃ、ホントに何を伝えたいか瀬那には分からないって。…ヤケクソになってる事なら分かるけど」


「だからちゃんと拭いたじゃねーか。唇以外に何処を拭けって言うんだよ」





本当に彼が言いたい事が分からないらしい瀬那は正直に困っている。
助け船を出そうとした烈火が口を開くよりも先に吹雪が動き、再び瀬那の肩をがっしりと掴み思い切りガクガクと揺さぶり叫んだ。





「だからさっきも言っただろうが!唇だけ拭いたって意味無ェんだよ!その奥を一番拭かなきゃいけねーんだよ!!」


「だからその意味が分からな…」


「口内だよ!!それ以外何処があるってんだ!ええっ!?今の悠梨ちゃんはなぁっ、お前に汚染されちまってんだよォォォッ!!!」


「だあああああああっ!!ンな破廉恥な言い方してんじゃねェッ!バカ吹雪―――!!」





ドッタンバッタン。もう手の着けようがない。

普段ならここで制止役の瀬那は今や吹雪に捕まっていてそれどころではない。
そして次なる制止役の渚もまた吹雪とキーキー言い合っている始末。

残っている烈火は笑いながら瀬那と吹雪の間に入って行き、燈弥と悠梨は安全地帯で傍観者。
顔が火照ったまま固まっている悠梨に苦笑を漏らしつつ、瀬那の食べかけであるプリンが落ちたりしないように、そっとそれを手に取った。


ああ。
今日も今日とて空は青い―――――…。





<第1章 エピローグ     第1話>