『……アドベイジ、ZEST、シシリエンヌ6などの7組のグループが注目されています!中でも後者の3組のグループが……』
「はー…。やっぱ上がってきてんなぁ、新人グループ」
「デビューしててもテレビに出てないグループもあったな」
「やっぱ夏に勢い付けて来るやつは来るもんだな。サマフェスは期待持てそうだぞー!」
音楽に関わる物に囲まれた一室で瀬那と吹雪がテレビを見てそんな会話をしていた。
此処は吹雪の部屋。ぱっと見クールな印象を受ける部屋だが、棚や壁には音楽に関わる本やらポスターで染められている。
2人は部屋の中央に置かれている低い黒のテーブルに紙を広げながら片手にシャープペンを持って一息ついた。
「あ、もうこんな時間か。悪いな吹雪。俺そろそろ帰る」
「ん、そうか?んじゃ、お見送りお見送り」
【Sky Blue(S.B)】を結成してからというもの、気がつけば二人はタイプは大分違うものの親しい仲になっていた。
吹雪曰く”親友”。瀬那もその例えは嫌じゃなく、烈火も加えて”仲良しトリオ”が出来あがった。
小・中と全く別の学校に通っていた二人だが、【S.B】を結成する時の顔合わせで初めて出会い、最初こそ様子見はあったものの。
吹雪自身は人見知りもなく、自ら瀬那に近づき攻めに攻めて今のポジションをゲットしたのだ。
いつもテンション高く、メンバーの中で一番年上でありながらもどこか抜けていて、けれども情熱ある女好きな吹雪と。
反対に常に冷静で周りをよく見、気配り上手で知識あり手先器用のしっかり者の瀬那。
この正反対な二人だからこそ、補えるものは存在する。だからこうして二人だけで過ごすことにすら何ら支障はないのだ。
「明日の仕事は夕方からだから学校はサボらず行けよ瀬那。あと悠梨ちゃんにもヨロシクー!」
「前半は俺のセリフだ…。お前も渚を少しは見習って真面目に授業を―――」
「はいはい、まじめーに受けますよーっと。ほら、遅くならない内に帰りなさい」
「分かったよ」
苦笑を漏らしつつ「また明日。」と告げた瀬那は軽く手を振って歩き出す。
彼の姿が見えなくなるまで見送った吹雪は軽い足取りで部屋に戻ると、ふと気付く。
さっきまで二人で使っていたテーブルの足元に見慣れた物が置いてある事に。
それは筆記用具ケースだった。
至ってシンプルなデザインのそれには必要最低限の物だけが入れられており、全て丁寧に使われていてキレイなままだ。
「…ったく、どうしてかどっか抜けてんだよなぁ、瀬那は」
今度は吹雪が苦笑をもらしつつ、そのペンケースを普段学校へ行く時に持っていくカバンに入れる。
明日返しに行けば平気だろ。
ひとりそう頷き、吹雪はそのままついでというように明日の授業で必要な教材を用意し始めた。
☆
「ない」
学校へ着くと同時、瀬那は不思議そうに首を傾げて呟いた。
隣の席の悠梨にもそれは聞こえており、彼女もまた首を傾げながら問いを返した。
「忘れ物ですか、瀬那君?」
「あ、ああ。筆記用具が入ってないんだ。…おかしいな、確かに昨日まではあって――――――、あ」
瀬那は昨日の事を思い出し、その場で項垂れた。
もしやもしや…と思いながら携帯をパカッと開けばメール受信のマークが光る。
迷わず受信メールを確認すると、予想通り吹雪からのメールだ。
『お前昨日俺の家にペンケース忘れてってたぞー!この天然お抜けさんめ☆』
多少イラッと来るような内容だが自業自得のため言うに言えない文句。
瀬那は溜息まじりに携帯を閉ざしてポケットにしまうと、一瞬動きを止めてやや躊躇いがちに隣の彼女へと視線を向けた。
「なあ、悠梨」
「はい」
「お前、シャープペン余分に持ってたりするか?」
「あ、はい!勿論です!」
悠梨は少し嬉しそうにはにかむと、チェック模様の柄が入ったペンケースから幾つかのそれを取り出す。
「好きなのをどうぞ。」そう言って差し出されたシャープペンはざっと五本。
よくもまあ、これだけ持っているな…と関心しながらそれぞれを見渡し、瀬那はその中の水色のものを一本受け取った。
「悪いな。今日一日借りる」
「そ、そんな事…!あ、良かったら消しゴムも」
「良いのか?…何から何まで悪いな」
「これくらい朝飯前です!瀬那君の助けになれるならそれだけで嬉しいもの」
「……そ、そういうものか?」
「あ、少なくとも私は。…私、瀬那君にいつも助けてもらってるから少しでも恩返し出来たらなーって」
照れくさそうに”えへへ”と笑った悠梨は、まるでそれを隠す様に教科書を取り出して机の中へとしまっていく。
その様子を横目で見ながら瀬那は静かに笑みを浮かべ、彼も一時限目の授業の用意を再開した。
時刻はあっという間に昼休みになり、悠梨は久しぶりに瀬那達と一緒に昼食をとる事になった。
最近ずっと忙しそうにバタバタしていた彼等は昼休み前に帰ったり、放課後まで居ても女子生徒に囲まれたり逃げ回ったり、とにかく落ちついていられず。
今日は瀬那の提案で保健室で食事をすることにした。
保健室の担当の河井先生と瀬那は付き合いが良く、彼の本性を生徒達に知れ渡る前から知っている。
安息の地を提供してくれる瀬那が最も信頼する教師なのだ。
「あらあら…。今日はお客さんがたくさん居るわ」
「河井先生、こんにちはー!」
「お邪魔しまっす!」
「ふふふ…。今日は屋上も占領されちゃったのかしら?」
「同じ場所に居すぎるのも良くないみたいで…。やっぱ此処が一番落ち着きます」
和やかに笑みを浮かべる河井が出してくれたイスを借りて瀬那、悠梨、燈弥、淳が机を囲むように座る。
「じゃあ、私も。」とお手製弁当を持って淳と燈弥の間に座った河井も彼等と一緒になってお弁当を広げた。
いただきます、と元気な声が響く。
悠梨の隣でおかずを運ぶ瀬那を横目で見ながら、悠梨も嬉しそうに食事を開始した。
「最近忙しいわね。今日もテレビでゲスト出演するんでしょう?」
「先生知ってるの!?もしかして見てくれてたりするんですか?」
「あら、やだ燈弥君。見るに決まってるじゃないの。私、あなた達のことすごく応援してるのよ」
「本当!?やったね瀬那!河井先生もオレ達の活躍見てくれてるんだって!嬉しいねー」
「ああ、そうだな」
「つか、河井先生って【S.B】で誰が一番好きなの?」
「あ、私も気になります!」
「だれだれ?ねえ、教えて先生!」
「困ったわね…。皆カッコイイから選べないわ」
河井は”うふふ”と笑いながら「そうねー…。」とお箸を置いて考える。
チラッと瀬那と燈弥を窺いつつ再び考える素振りを見せると、ポンと手を叩いた。
「そうだわ。ほら、あの子、茶髪でいつも眉間に皺を寄せてる真面目そうな…」
「もしかして渚のこと?」
「先生、渚君が好きなんですか?」
「ほら、ああいう子って実はすごく照れ屋さんっぽいじゃない?きっと可愛いわよ」
「渚が…可愛い…」
「うわー…。普段の渚を知ってるオレ達からしたら、なかなか耳に出来ない意見だー」
「じゃあさ、FUBUKIとかはどう?先生」
「あのプレイボーイって呼ばれてる子?あの子は私にはレベルが高すぎると思うわ」
「え、どうしてですか?」
「だってあんな子が隣にでも並んだら、きっとおばさんドキドキしすぎて倒れちゃうもの」
「何言ってんスか!先生まだまだ若いっしょ!」
「そうだよ!オレ、先生の笑った顔すごく素敵だって思う!」
「あらあら」
「河井先生、此処の教師の中で生徒達に一番人気だって聞いた事ある。俺もその理由、分かる」
「瀬那君まで…。困ったわね、今手持ちがないからアメちゃんしかあげられないわ」
「いや…。そういうつもりで言ったんじゃないんですが…」
苦笑交じりに河井からアメを受け取る瀬那を中心に賑やかに広がる笑い声。
暫く他愛のない話をしながら過ごしていたが、昼休み終了が迫っていたため一斉に昼食を掻き込む。
次の授業に向けて早々に保健室から出て行く彼等の後を追い一番最後に部屋を出た悠梨はふと気付く。
扉の前に【外出中】と書かれたプレート。
それが何を意味するのか瞬時に悟った彼女は先行く彼等を前に、ただ一人河井に向けて一礼した。
あっという間に時間は過ぎていき、とうとう放課後になった。
一日借りていたシャープペンを悠梨にお礼を言いながら返してくる瀬那に対し、彼女は今朝同様少し嬉しそうに笑みを浮かべながら相槌をした。
彼女にとって今日一日で特別になった一本のシャープペン。
彼のイメージカラーにも等しいその水色のシャープペンを、彼女は大事にペンケースへと戻した。
その時だ。突然教室内がザワつき始め、そして廊下からもまた賑やかな声が聞こえ始めたのは。
「…どうしたんだろう」
「随分とはしゃいでるな。……燈弥が何かしたのか?」
二人して首を傾げていると廊下から教室に入ってきた茜が一直線に二人の元へ駆け寄ってくる。
ぎょっとしながら彼女を見上げてると茜は瀬那の机に両手を着き、早々に彼に向って大口を開いた。
「ちょっと嘉山君!なんなの、あのチャラ男は!?」
「…………は?」
聞けば―――――茜はHR終了後、部活の先輩に用があったらしく部室に出向いたらしい。
だが彼女が用がある先輩は校門前で友人と喋っており、そこで自分の要件も一緒に伝えたそうだ。
用事が済んだ茜はそのまま教室に戻ろうとしたが、その時、突然誰かに呼び止められたのだ。
自然な動作で相手に振り返ると、見たことのある制服で身を包み、そしてその長身と茶髪の男に目が点となる。
暫し間を置き用件を窺うと、突然その相手に手をがっしりと握られ、驚く茜を余所にその男は瞳を細めて耳元で囁いたのである。
「可愛く可憐な君にお願いがあるんだ。俺を【嘉山瀬那】の所まで案内してほしいんだけど」
―――――いいよね?
そう囁いた直後、彼は全身鳥肌状態の茜の頭突きを見事に喰らい。
彼女は怒りを露わにしながら砂嵐を巻き上げるが如く、男が名指しした人物の元まで駆けだしたのだ。
あの馴れ馴れしい態度の男について、一発ギャフンと言ってもらうために。
「―――――ごめん」
全て聞き終えた直後、瀬那がとった行動は茜への謝罪だった。
席から立ち上がり彼女に向って本気で頭を下げているところを見るクラスメイトは驚きでいっぱいだ。
茜と悠梨も彼の突然の行動に目を張るも、茜は謝罪よりもその男についての回答を求めたので瀬那は下げていた頭を上げて苦虫を噛んだような顔で答えた。
「……もう予想は出来てると思うから単刀直入に言わせてもらう。そいつはおそらく、俺と同じメンバーのFUBUKIだ」
「アレが!?だ、だだだだって茶髪だったよ?背もこーんなに高かったし」
「身長は変わってないと思うが、髪はウィッグだ。さすがに普段の格好のまま出歩くのは危ないから」
――――色んな意味で。
瀬那の答えに頷くしかない茜は呆然としたまま悠梨へと向きなおる。
「ねえ、悠梨」
「うん?」
「アンタが好きな【S.B】の嫌味を言うつもりはこれっぽちもないけど、これだけは言わせて。アレ、リーダーなの?本当に?」
「……はい」
「本当に悪い。俺からもアイツに厳しく言っておく。言っておいて欲しい事があるなら今聞いとくが」
「ありすぎて何も言えないわ。でも嘉山君に任せておけば一番効果的だと思うから全部任せる」
「ああ。じゃあ俺はアイツのトコに行く。もし燈弥が来たら伝えといてくれ」
「うん、わかった」
悪いな、と言葉を残し瀬那はもう一度茜に謝罪をして早足で校門前へと急いだ。
大丈夫かと心配になりながら窓から校門を見渡すと、たくさんの女子生徒が一斉に動きだしたのが見えた。
何事か?様子を見ていた生徒達の視線がそれを追う。
するとあの女子の塊は校門前から徐々に中央へと移動し、しかしその中から唯一人だけが抜けだし、その後を追うように女子生徒が走り出した。
「…悠梨、もしかして、アレ…」
「多分、吹雪君かと…」
女の子大好きな吹雪もあれだけの人数に囲まれては対処しきれなかったのだろう。
それにただ髪の色を変えただけの状態で来たのだ。気付いて下さいと言ってるようなもの。
「おーい、瀬那ー!吹雪の奴裏庭の方に走ってったぞー!」
今まで傍で同じく様子見をしていた淳が下に瀬那が来た事に気づき情報を叫ぶ。
此処からでは少々確認し辛いが、おそらく面倒くさいという顔をしたに違いない。
瀬那が肩を落とすと同時に後ろから燈弥も現れ、二人で何かを話すと不意に淳の携帯が音を鳴らす。
直に応答した彼の様子を見守っていると、彼は携帯をしまいながら悠梨と茜に小さな声で耳打ちした。
「今から吹雪を逃がすから手伝ってくれってさ」
「は?何で私が?嫌よ、あんなチャラ男の助けなんて」
「あ、茜ちゃん…」
「そこをなんとか頼むぜ山口!お前、この間忘れた宿題を瀬那に教えてもらって助けられただろ。恩を仇で返すのかお前は」
「な!?そ、そんな事しないわよ!………わ、分かったわよ。仕方ないから手を貸すわ。けど、これだけは忘れないで。あのチャラ男のためじゃない、嘉山君のためよ」
「はいはい」
「ありがとう、茜ちゃん!」
「勿論川崎さんにも手伝ってもらうんだからな?」
「は、はい!頑張ります!」
「アンタ、今一瞬自分は蚊帳の外だと思ってたわね…」
ざわめく教室から抜け出し、三人は賑やかな廊下を抜け一階へと降りると保健室へとやってきた。
扉の前には【外出中】のプレート。しかしそれは河井の協力の証だ。
躊躇いなく扉を開けると中には既に河井を含め、瀬那と燈弥が集合していた。
入ってきた彼等を確認すると瀬那は溜息まじりに自分の携帯を開いて見せた。
『着信27件』
『受信15件』
これが何を意味するかはこの場に居る全員が一瞬にして悟った。
「単刀直入に作戦を言う。現在、吹雪は校舎には入らず、ただひたすらに裏庭や校門前を駆け回って逃走している」
「まあ、正しい判断ね。ここで入ってこられたらこっちが迷惑だわ」
「言うねぇ、山口…。それで、俺達はどうすれば良いんだ?」
「俺と燈弥が追いかけてる女子を食い止めるから、その間に悠梨と山口で吹雪を此処まで連れてきてほしい。淳はそのサポートだ」
「って、保健室に?ここ行き止まりよ?逃げられないじゃない」
「その心配は無用よ、山口さん」
「え?」
そこで今まで黙っていたここの担当教師である河井が口を開く。
実はここの保健室、出入り口はひとつではなく、廊下に出る扉と裏門へ出る扉の二つが設置されているのだ。
元より裏門は教師達用に駐車場があり、それに人通りが少ないため逃げるには絶好の場所だ。
それだけじゃなく、保健室には物置としてもう一つ隣に部屋が繋がっている。
裏庭と少し距離もあるため、例えそこに生徒が待ち伏せしていても見つかる可能性も少ない。
瀬那はそれを利用しようと提案しているのだ。
意義のある者は居ない。ならば作戦実行、というところで本日28回目の着信音が瀬那の携帯から鳴り響いた。
『おおおいっ、瀬那ぁぁ。お前いつになったら助けに来てくれるんだよ!?いくら女の子大好きなイケメンの俺でも限界ってもんがあるんだぞ!』
「それだけ元気ならまだ余裕だな。もう暫く逃げ回っとけ、吹雪」
『今この状況でなんたる鬼畜所業…!ちょっ、マジで勘弁してくれ。これじゃあ俺も烈火の仲間入りになりそうだ!』
「丁度良いんじゃないか?お前も少しは女の子云々言う前に、もう少し人として成長出来るかもしれないぞ?」
『ごめんなさいすいませんもっと大人になります自重しますだから助けて下さい瀬那様っ!!』
「俺は別に構わないんだが、お前に腹を立てている女性が一人居てな。彼女の気分が良くならない限り助けにはいけなさそうだ」
『え?なにそれ。俺、女の子に嫌われるようなことした?』
「―――あと一時間はそのままになりそうだ、吹雪」
『ちょっと本気で待って!!……もしかしてあの子か?俺に頭突きしてきたあの活発そうな?』
「なんだ、ちゃんと覚えてるじゃないか。彼女は俺や悠梨の友人でもあるんだ。―――――次は無ェぞ」
『肝に銘じておきます』
笑顔と一緒に鋭く光る瞳を細めながら囁かれた彼の一言に、吹雪以外にもその場に居たメンバーが凍り付く。
彼を怒らせてはいけない。瀬那のこんな一面を初めて知った茜は少しの身震いと、少しの喜びを感じた。
自分が彼の中で【友人】というカテゴリーに入っていた事に。小さくだが柔らかな笑みが浮かべられていた。
吹雪を散々追い詰めた後、現在の居場所を聞いた瀬那は一旦携帯を切って全員に向きなおる。
それぞれに何処でどのように待機しているかを伝えると、瀬那は燈弥と一緒に戦場へと向って足を踏み出した。
校庭という名の、戦場に。
★
その頃吹雪は一粒の涙を浮かべて木陰に隠れて危機を間逃れていた。
あちこちに群がる女子生徒達。こんなにも自分に好意を抱いてくれる人がいるなんて…と嬉しく思う反面、この数だけ自分を追ってくる鬼が居ると思うと泣けてくる。
―――ひとり鬼ごっこなんて洒落になんねーぞ!
吹雪は胸中で叫びながら静かに辺りを窺う。
心なしか女子生徒の人数が先ほどよりも増えた気がしてならない。
女の子が本気になるとここまで凄いものなのかと学び直した吹雪は、如何にして此処から脱出するか頭を捻った。
今日自分が此処へ来たのは、始めはただ友人へ向ける親切心からだった。
昨日自分の家にペンケースを忘れて困っているであろう瀬那のためにそれを持って来たのだが…。
予想以上に自分のファンがこの学校に居るという事。
そして、変装を此処へきて五分もしない内に見破られ、あっという間に【S.BのFUBUKI】が居るという噂が広まったこと。
そして悲しい事に、教師達が注意して女子生徒達に呼びかけても全て無視されるという現実。
―――瀬那ぁ、燈弥ぁ!頼むから一刻も早く俺を安全の地へと救い出してくれぇぇぇ!!
既に必死の表情で手を合わせながら願っていると、突然彼の耳に女子の黄色い声が届いた。
気付かれた!?
吹雪の表情が焦りと不安に変わる。
だが顔を上げて確認してみるが、彼女達はどうやら自分を見つけて声を発したワケではないようだ。
よく見てみると彼女たちの前には瀬那と燈弥が二人で一緒に立っているのを確認する。
―――助け手に来てくれたんだな…!!
嬉しさによって涙がじわりと浮かぶ。
だが、喜びも束の間。二人はじりじりと迫ってくる女子達に圧倒され後退していく始末。
不安が一気に浮上する心境で見守っていると、二人は先ほどの自分の様に一目散にその場から逃げだした。
―――薄情者ォォォ!!
吹雪がついに号泣する。
天の助けは元から来ていなかったんだ。
最早これまで…。と、項垂れていると、突然ガサリと傍の草が音を鳴らす。
反射的にそちらへ振り返ると、まず彼の眼に映ったのはスカート。
本気で叫びたくなった気持ちでその人物を見上げると、吹雪の表情はぽかーんと間抜けなものへと変わりを見せた。
「あ、良かった。無事だったんですね吹雪君」
「………悠、梨、ちゃん?」
信じられないという面持ちで彼女を見上げていると、その後ろから淳と茜も顔を出す。
吹雪は茜の姿を捉えた瞬間僅かに表情を引きつらせたものの、悠梨の「もう大丈夫ですからね。」という言葉に安心感が広がり、彼は迷わず彼女の両手を握った。
「悠梨ちゃああぁあぁぁんっ。やっぱり君は天使だ!女神だ!俺の最高のマイハニーだぶふぉあっ!?」
感涙状態の吹雪の頬に容赦なく当てられたハンカチ攻撃。
驚愕を浮かべて見上げる人物は額に青筋を浮かべた茜の姿。
苦笑を浮かべる淳と慌てる悠梨。
茜はそんな彼女を背に、自分を頬を手で押さえて見上げてくる吹雪をギンと睨みつけた。
「どこでも誰にでもチャラチャラするんじゃないわよ!あんたそれでも人気アーティストって自覚あるワケ!?次悠梨に変な事してみなさい、ブン殴るわよ…!」
―――いや、もうぶん殴ってるんですけど。
そんなことは言える筈もない吹雪は、ただ一言「すいませんでした。」と言うことしか出来なかった。
さて、いつまでもこんな所で留まっている場合ではない。
誰よりも先に我に返った悠梨は吹雪に事の事情を説明すると、一緒に保健室まで付いてきて欲しいと告げた。
悠梨の話を拒否する筈もない吹雪の了承に笑顔になった彼女は、早速と辺りを警戒しつつ移動することにした。
―――――が。
「居たわ!FUBUKIよ!こっちこっちー!」
「きゃあああ!私大ファンなの!握手してー!」
「お願い一回で良いの!写真撮らせてFUBUKIくぅん!」
女子怖し。その一言が今日この出来事で吹雪の頭にインプットされた。
今まで散々烈火をからかってきたが、彼が恐怖するものがこういう意味も含まれていることを知ると、もうこの先あまり強く言えなくなる。
―――すまん、烈火。俺、女の子のこと、何も知らなかったんだ…!
本当に可愛い子も、優しい子も、明るい子も、きれいな子も、純粋な子も、この世界にはたくさん居る。
だが、その中に一種の情が含まれる事でこんなにも変化が起きてしまう。
今自分がこの場から逃げ切るために仲間を犠牲にしているのも事実。
先頭を走っていた淳が足を止め追いかけてくる女子達に向きなおる。
「ちょ、岳内!?」
「此処は俺が食い止める!そっちは任せた!」
瀬那、燈弥だけでなく、次は淳までもが。
「アンタだけに任せられないわ。私も残るから、悠梨アンタがそのチャラ男を連れて行きなさい!」
「茜ちゃん!」
茜は悠梨にVサインを向けると、近くに合った倉庫から陸上部が使うハードルを引っぱり出し道を塞いだ。
淳もそれに習い手伝いながら迫りくる女子達の前に立ちふさがる。
「此処から先は何人たりとも通らせん!どうしてもと言うなら、この俺を倒してからに…」
「邪魔なのよ!」
「へぼおっ!?」
「アンタどんだけ弱いの岳内!!」
さて、この二人でどれだけの時間稼ぎが出来るのか。
茜と淳が足止めしている内に悠梨と吹雪はなんとか校舎に入れた。
しかし、外よりも中の方が生徒の数は多い。出来る事なら校門から脱出するはずだったが、完全に女子に封鎖されていたためそれはどうやっても叶わず。
悠梨に案内されるがままなんとか空き教室まで辿り着くと、向いから女子生徒の声を聞きつけ二人は難を逃れるためにそこへ身を隠した。
「はぁー…」
「だ、大丈夫ですか吹雪君?」
「ああ、大丈夫。…それにしてもすごいな、此処の女の子達は。俺の学校はもう少し大人しい感じなんだけど」
「最近は瀬那君も燈弥君に対しても皆そんな感じですよ。吹雪君は、ほら、此処の生徒じゃないから。皆嬉しいんですよ」
「成程。要は慣れってことか」
その場に腰を下ろして苦笑を浮かべる吹雪の隣に悠梨も静かにしゃがむ。
漸く得られた静かな環境に、走り疲れた吹雪は何度目かの溜息を漏らす。
目の前に静かに差し出された可愛らしい花柄模様の入ったハンカチを受け取り、吹雪は自分の額に浮かんだ汗をそっと拭った。
「ありがとう。今度洗って返すよ」
「え?いいえ、そんな!大丈夫ですよ、気にしないでください」
「……悠梨ちゃんは優しいなぁ」
「えっ」
くしゃりと無邪気な笑みを浮かべながら吹雪は彼女の肩に少しだけ体を預ける。
いきなり至近距離になった二人の距離に悠梨の顔は一気に熱を上げる。
何度見ても初々しい反応をくれる彼女をこうして攻めるのも吹雪としては楽しみの一つだった。
普段なら渚や瀬那が注意して彼女を助けるが、今はその存在は居ない。
しんと静まりかえる空間の中で、ただトクトクと穏やかな鼓動が肌を伝って感じる。
そろりと見上げた先で落ち着きない様子の悠梨と目が合う。
途端に視線を逸らし彷徨わせる彼女を見ると、吹雪はとうとう笑いをこらえきれず吹き出した。
「っ、吹雪君っ。意地悪です」
「ははっ。ごめんごめん。君ってさ、すごく素直だから見てて面白くて」
ゆっくりと彼女に預けていた体を少しだけ離し、吹雪は改めて頬を赤らめる彼女を見やる。
綺麗というよりは可愛いの部類に入ると認識している。
瀬那が最初に言っていた【いつも他人のために動いてる】。
その言葉は今まで一緒に居た少ない時間でも、彼女を知るには十分な程だった。
なにより彼女は渚のために自分の母親に打って出てくれた。
仲間のために、下手をしたら亀裂が入ってしまうかもしれない内部の事を自分達のために差しだしてくれた。
普通なら拒絶されてもおかしくない事かも知れない。けれど、彼女はそれをさせなかった。
―――この子はきっと、
吹雪の指先が悠梨の髪に触れる。
敏感に反応を見せる彼女の瞳を覗きこみながら、その視線は決して逸らされる事はなく。
寧ろ決して逃しはしないと、まるで鷹の眼に射抜かれたように悠梨はその瞳を揺らすことしか出来なかった。
「悠梨ちゃん――――…」
「あ…」
二人の距離が再び縮む。
迫りくる吹雪の整った顔が目前まで迫り、同時に悠梨の鼓動も更に加速をみせる。
ドクドクと騒がしく高鳴る心臓の音が吹雪にも聞こえてしまいそうなくらい激しく、大きく。
刹那、触れる―――――。
「あらあら、こっちに来ていたのね。気づかなかったわ。でも、無事に逃げてこられたようで安心したわ」
「……………え?」
突然開かれた扉は自分達が入ってきた方ではない扉で。
しかもそこから現れたのは保健室担当の河井。
何がどうなっているのかさっぱり分からない吹雪を余所に、肩を掴まれ至近距離のままの状態の悠梨は既に耳まで真っ赤だ。
そして二人を余所に河井の後ろからひょっこりと顔を出した燈弥は、二人の状態に目を剥き驚愕の声を上げた。
「せ、せせせせ瀬那ぁぁ!吹雪がッ、吹雪が悠梨先輩を襲ってる―――――!!」
「「何ィイイィィィッ!?」」
バン!と完全に扉が開かれたと思えば、そこから出てきたのは瀬那ではなく茜と淳。
そして後からゆっくりと顔を覗かせた瀬那に、悠梨は更に追い討ちをかけられ涙目状態。
彼女の表情で彼等は【嫌がってる悠梨を強引に襲っている】と解釈したらしい。
先頭きって燈弥が吹雪から悠梨を引き剥がし、瀬那の元へと避難。
そして淳が吹雪をがっしりと抑え、そしてついに、怒りのボルテージが全開まで溜まった満面の笑みを茜が指をバキボキ鳴らしながら近寄り。
「覚悟は出来てるようね。なら、遠慮は無用かしら」
「え!?ちょ、違ッ、待っ…!!」
「人の恩を仇で返しやがって………この腐れ外道――――!!」
「あぶふぉあっ!!」
茜の渾身の鉄拳が吹雪に炸裂する。
淳と燈弥の同情の眼差しと、そして瀬那の呆れ視線。
そして悠梨は瀬那によって視界を塞がれているため、吹雪の醜態を見る事はなかったが、今度は別の事で熱が上昇し心臓は更に激しい事になっていた。
「…ん?悠梨?」
ふらり。彼女の身体が傾く。
限界まで達した彼女は力なく項垂れ、瀬那に支えられるが、それに反応することは叶わず。
心配するメンバーを余所に、吹雪だけは茜によって胸倉を掴まれ揺さぶられていた。
―翌日―
いつも通り登校する悠梨の後ろからチリリンとベルの音が鳴る。
慌てて振り返るとそこには見知った顔があり、悠梨は名前を呼びそうになった口を慌てて塞ぎ、代わりに「おはようございます。」と挨拶をした。
「おはよ!昨日は迷惑かけちゃってごめんね。あの後なんか言われた?」
「いいえ。吹雪君が心配するような事は何もなかったですよ。ただ…」
「ただ?」
あの後、茜にこっぴどく怒られた吹雪は瀬那と燈弥に引きずられながら学校を後にした。
無事仕事に行けたのは良いが、その後の学校は大変だった。
彼等が居なくなった後もまた騒ぎはしばらく続き、教師達はそれはそれは苦労して女子生徒達は落ち着かせたとか。
道の端によって自転車から降りた吹雪は彼女からその話を聞き、暫く晴華学園には行けないなと胸中で呟いた。
するとそこへ、突然「あー!」という大きな声に振り返ると、そこには自分を睨みつけてくる茜の姿が。
吹雪は咄嗟に悠梨の背後に隠れて彼女に縋るが、茜は吹雪のその行動も気に食わなかったようで更に睨みに力がこもる。
「ちょっとアンタ!昨日あれだけ悠梨に近づくなって言ったのに、もう忘れたワケ!?」
「ああ、いや、これはそういう意味じゃなくて…」
「じゃあ何だって言うのよ?―――まさかアンタ、もしかして悠梨の事…!」
「あ、茜ちゃん…!」
咄嗟に彼女を止めに出るが茜は更に怒りを怒りを露わにしてワナワナと震えている。
若干涙目になりつつある吹雪を庇いながら茜を落ち着かせようとするのは至難の業だ。
どうしたものかと悠梨が焦り出した時、後ろから「あでっ!?」という声。
「…ったく。またそんな軽い変装で登校なんかしやがって。お前、昨日で十分学んだろうが」
「せ、瀬那君…!」
まさに天の救い。悠梨は瞳をぱっと輝かせて瀬那を見上げる。
同情と苦笑が混ざった目で彼女を見つめながら【よく頑張ったな】の意味を込めて頭を撫でると、瀬那は鞄の中から伊達眼鏡を取り出し、それを吹雪に躊躇いなくかけた。
「それくらいは常備してろ。それから、本当に急ぎの用が無い限り学校には来るな。いいな」
「はーい。分かりましたよーだ」
少し不貞腐れながら瀬那にかけられた眼鏡をかけ直す。
そんな吹雪を見ながら小さく息を吐くと、瀬那は「だが、」と言葉をつづけ。
「昨日はありがとな。ペンケース、持って来てくれて」
「瀬那…!!」
まさに飴と鞭。
吹雪は子供用に嬉しそうに笑みを浮かべると、いきなり瀬那に向かって腕を伸ばした。
ハグである。
驚愕に満ちた瞳で二人を見やる女子二人の視線をもろともせず、吹雪は満足そうに瀬那の背中をぽんぽんと叩いて離れた。
「じゃあ、俺は行くぜ!またな悠梨ちゃん、そして茜ちゃん!」
「はい、また」
「って、ちょっと!何勝手に名前で呼んでんのよ!誰も許可してないんだからねー!」
「ふはははは!今時ツンデレなんて可愛いもんだぜ茜ちゃん!んじゃまた後でな、マイハニー!」
そして投げキッスを【マイハニー】に向けて放つと、吹雪は颯爽と自転車に乗って去っていった。
その場に残された三人は彼の姿が見えなくなるまで見送ると、誰よりも先に茜がふと疑問を向けた。
「ねえ、悠梨」
「なあに、茜ちゃん?」
「あのチャラ男が言ってた【マイハニー】って誰の事?もしかしてアンタなんじゃ…!」
「え!?ち、ちち違うよ!それは私じゃなくて…」
二人の視線は疲れきった顔の瀬那に向けられる。
それを感じ取った彼は何とも分かりやすく満面の笑みを浮かべ、ただ一言。
「何かな?勘違いは良くないと思うよ」
「「……はい。すいません」」
何やら黒いオーラが見えなくもない。
そんな瀬那の背中を追いかけつつ、今日も彼女達はいつも通り学校へと通う。
そして着いて早々、彼女達はロビーに貼られている掲示板で更にやるせない気持ちになる。
そう、そこには昨日の出来事がデカデカと学校新聞として掲載されていたからだ。
【S.B FUBUKIのモテ期はいつまで!?】
そんなタイトルを付けられたところで、最早それが収まるのは当分先の未来だろう。
一人額を押さえて俯く瀬那に、悠梨は心からエール送るのだった。
<第2章 第3話 next soon...>