世界は音で溢れている。





「おーい。悠梨ゆうりー!」





賑やかな門をくぐれば、そこからはこの地域では名門校である【晴華学園】へと通じる。

下駄箱で上履きへと靴を履き替えていた悠梨の元に、一つの声が届いた。
頭部の上でオレンジがかった髪を一つに結わき、振り返り様にさらりと流れる。
ぱっちりとした大きな瞳に、外見からして素直そうなおしとやかな印象をみせる彼女。

悠梨が振り返った先には彼女に向って手を振る女子が2人。
一人は肩にも満たないショーットカットの、見るからに活発そうな女子生徒。
もう一人は逆に腰辺りまで長く紙髪を伸ばした穏やかな印象を受ける女子生徒。

上から大山茜おおやま あかね、そして香野内こうのうちあやの。
2人はこの学校で初めてできた悠梨の友人であり、クラスメイトだ。





「珍しいじゃん。こんなに遅刻ギリギリに登校なんてさ」


「何かあったの?あ、もしかして忘れ物しちゃったとか?」





「それもアナタらしくて可愛いけれど」

あやのはおっとりした笑みを浮かべて悠梨を見つめる。しかし隣に並ぶ茜はそんな彼女を変な物を見るような眼差しで見つめた。
あやのは特に気にした様子はなく、茜の向ける視線に気づかぬふりをして悠梨の手をとり。





「ここで立ち話をしていては本当に遅刻してしまうわ。一緒に教室へ行きましょう?」


「うん。そうだね」





にこりと微笑む悠梨の返事に満足そうに頷き返すあやの。しかし、茜だけは彼女のその行動に薄っすらと溜息を漏らした。
1階から3階にある自分達の教室【2−A】にやってきた彼女たちは、悠梨の後を追って彼女の席の傍に立ち並んだ。

悠梨は自分の席へ着くと鞄に入れていた教科書や筆記用具を机の中にしまい、ほっと一息をつく。
なんとか遅刻せずに間に合った事に安堵を漏らすと、彼女の視線は自分の隣の席へと移された。


悠梨の席は一番後ろの廊下側から2番目の位置。その隣は廊下へと出る扉のすぐ傍。
そこはあと1分もしない内にチャイムが鳴ってしまうというのに、未だ空席のまま。

それを目に収めると、悠梨は落胆の様を僅かに見せた。それを見た友人2人は苦笑しながら小さく笑う。
思わず2人を見上げれば。あやのは悠梨の頭にぽんと手で触れ、慰めるようにして優しい声色で囁いた。





「そう落ち込まないで、悠梨ちゃん。彼なら直に来るわよ」


「そ、そうかな」


「そうそう。それに、彼が欠席ならアイツがつまんなそうな顔してないワケないって」





自信有りに告げてみせる茜の視線を追えば、そこは彼女の席でもあり。同時に視線の先には彼女の隣の席である男子に注がれている。

一番前の中央の席。

先生が使用する教卓の目の前で生徒に嫌われた呪いの席だが、そんな場所に座る茶髪の男子は気にした様子もなく窓の外を眺めている。
今は大人しくしているその男子・岳内淳たけうち じゅんは何かに気づいたのか。急に此方へと顔を向け、不意に座席を立ってやってきた。





「おっす!さっきから何見てたんだ?何か面白しモンでもあんのか?」


「いや、アンタの事だからそれ」


「え?俺なの?」





呆れたような口ぶりで返答した茜に淳は少し呆気にとられたように目を白黒させる。
そんな2人に苦笑する悠梨は「なーんだ、つまんねーの」と呟く彼に思い切って問う事にした。





「ねえ、岳内君」


「ん?何、川崎かわさきさん」


「あの…今日は嘉山かやま君って学校に来るの?」


「ああ、瀬那せな?来ないとは言ってなかったから来ると思うよ」


「そ、そっか」





彼の言葉に顔を綻ばせる悠梨。
嬉しそうに薄っすらと頬を染めるその表情はとても素直に今の感情を表していた。

横から「青春だねぇ」とジジくさい発言をする茜に、あやのは迅速なる脇腹チョップを彼女に食らわす。
突然茜が鈍い声をあげて驚く悠梨と淳だが、あやのは相変わらずな穏やかな笑みを浮かべて何でもないと誤魔化した。


ちょうど区切りがついたところで教室の扉はガラリと音をたてて開き、担任が挨拶をしながら入ってくる。
それに合わせて自分達の席へと戻っていく友人たちを見送ると、本日の日直がHR開始の合図を伝えた。



















「あー!お腹空いたー!」





あれから数時間が経過し、校内は昼休みを送っていた。

それぞれ持参したお弁当や購買で手に入れた昼食を手に教室で近くの席同士をくっつけて座っている。
仲良しの3人はいつもこの形を維持して昼食をとっているため、既にクラスの中では馴染んだ光景だ。


茜は購買で先ほど買ってきたサンドウィッチの袋を豪快に破り、空腹を満たすべくそのままかぶり付く。
「まあ、はしたない」と憐れんだ瞳で見つめては業とらしく感情を込めて言うあやのにガンを飛ばし、茜は食べ続ける。

たまにあるこの光景にもやっとこさ慣れてきた悠梨は、今になってもこの対処法には悩みを見せる。

しかしこれも長い付き合いがあるからこそ喧嘩にまで発展しない2人の関係にも微笑ましく、
悠梨は笑顔を浮かべながら茜と同様に購買で買ってきたおにぎりを一つ袋から取り出した。





「あーあー。何か面白い話題ない?最近同じようなことばかり耳に入ってくるんだよね」


「同じような事って何?茜」


「あたしって陸上部入ってるじゃん?女の先輩達の間ではアーティストの話題でつきっきり」


「まあ、初耳だわ」


「あやのはそういったものに興味ないもんね…」


「いいえ。アナタが陸上部って事に」


「って、ちょっと待てぇ!!アンタかれこれ長い付き合いにで、しかもこの学校に入って2年目だけど知らないとかありえないっしょ!
 1年の頃から陸上部だからね、あたし!」





思わず席を立ちあがってツッコム茜に、あやのはあくまで冷静に「それはごめんなさい」と白々しくも感情のこもっていない謝罪をする。
それに思わず口が開きかけるが、空腹を告げる音が彼女のお腹から告げられ、渋々席に座りなおす。

すると騒ぎを聞きつけた淳がニタニタしながら3人の元までカツサンドを咥えてやってきて、そのまま悠梨の席の傍にある机に腰掛けた。





「相変わらず大山は煩いよなー。食事は静かにとるもんじゃないの?」


「煩いわよ、岳内。あたしは今かなり機嫌が悪いんだから話しかけないで」


「うっわ、怖ェ。そんなんじゃ彼氏できないぞ?」


「要るかっ!!」





淳が来た事でより騒がしくなってしまったそこだが、そんな中でも悠梨の視線は静かに自分の隣の席へと移され…。
直に3人の方へと戻すも、その表情は僅かに曇りをみせていた。

その一瞬の仕草に気づいていたあやのは小さく微笑み、まるで彼女の心境を理解したように話題を変えた。





「そういえば、嘉山かやま君はまだ来てないみたいね」


「…!」


「あ?ああ、そういやぁ、まだだな。もうそろそろ来ると思うぞ。瀬那は嘘なんか言わないし」


「随分と信頼しているのね。…そういえば、2人は幼馴染だっけ」


「おう!瀬那の事は誰よりも分かってるつもりだ!好きな物から嫌いな物まで」


「へぇー。じゃあ、試しに嘉山君の好物教えてよ。ウチの部活の先輩達が知りたがってたし」


「良いぜ!そうだな…確か瀬那は…」





そこまで言いかけた時、不意にガラリと閉まっていた教室の扉が開き、
そこから現れた人物を目にした途端、クラス中の女子の黄色い声が響いた。

喜々とした声色で表れたばかりのその人物に駆け寄っては一瞬で囲んでしまう彼女たち。
思わず呆気にとられて目を白黒させるが、我に返った時には悠梨の瞳には彼しか映ってはいなかった。





「おい、瀬那せな!おせーぞ!」


「ああ、ごめんね、タケ」





自身を囲む女子達に謝りながらなんとか輪の中から抜け出してきた彼は淳が居る3人の元へとやってくる。
歩く姿だけでも女子を虜にしてしまいそうな程優雅に様になるその姿勢に、悠梨は思わず言葉を飲んだ。

さらりと流れる深海色の髪に整ったその顔立ち。背も高く、誰もが振り返ってしまうその姿はまさに学園のアイドルそのものだった。


その人物・嘉山瀬那かやま せなは朝から悠梨が気にしていた張本人。

彼女は密かに瀬那に憧れを抱いており、学園一人気者で優秀な彼をいつも目で追っていた。
誰にでも優しく、そして柔らかな笑みを絶やさないその人柄に教師生徒関係なく頼られている。
特に女子には学年問わずに人気で、告白の数なんて既に数えきれない程だ。


瀬那は自分の席に鞄をかけると、静かに眼鏡をかけ直す。
その仕草だけでもミーハーな者達からすれば衝撃的。
悠梨も思わず見入ってしまう程の彼の存在感に、ただ見惚れることしか出来なかった。

少しの間、瀬那の事をじっと見つめていると、その視線に気づいたのか。
瀬那は不意に悠梨へと視線を向け、その途端悠梨は慌てて視線を泳がせた。





(ど、どうしよう!目が合っちゃった…!)





内心から挙動不審になりつつある彼女はなんとかその場を誤魔化そうと、始めから見ていないとでも言いたげに無理矢理茜たちへと笑いかける。

彼女の事を理解しているあやのと茜はそんな彼女に苦笑を漏らし、フォローするかのように合わせてくれる。
それに安堵をもらしたのも束の間。ふとすぐ傍に気配を感じて顔を向ければ、そこにはにこりと微笑む瀬那の姿があった。





「かっ、やま、君!?」


「酷いな、川崎さん。目があったのにいきなり逸らすなんて」





ドキッと今一番触れてほしくないものに見事話題を向けられてしまった悠梨は内心グラグラと揺れ動いている。
申し訳ない気持ちと、悪気があったワケではないからどうか別の話題に移ってくれとの願い。

恐る恐る動揺で泳いでいた視線を再び彼に向ければ、瀬那の表情は僅かだが悲しみを表していた。





「ご、ごめんなさいっ。業とじゃないんです!」





慌てて弁解するべく発した言葉はしかとその場に居た茜たちにも届いていて。
意を決して瀬那を見つめれば、彼は少し驚きを見せた後クスクスと笑いだした。

それには逆に悠梨が驚きを露わにする。
何故笑われているのかと訳が分からないままきょとんとしていると、瀬那は口元を押さえたまま可笑しそうに彼女を見つめた。





「そんなに慌てなくても良いのに」


「だ、だって…!嘉山君の事、傷つけちゃったかと思って…」





肩を落として弱弱しく言葉を紡ぐ悠梨。瀬那は苦笑交じりに1歩だけ彼女に近づいた、





「そんな落ち込まないで。僕は傷ついたりなんかしてないし。それに、君が業ととった行動だなんて思ってないよ」





それはまるで神の言霊かと思った。
悠梨は彼のたった一言に大きな安心を抱き、不安に揺れていた内心は一瞬で落着きを取り戻した。

感情が表に出やすい悠梨の心境を理解するのは簡単だ。
瀬那は緩んだ頬をするその姿にふと笑みを零し、瀬那は淳へと視線を移した。





「タケ、話があるんだけど、ちょっといいかな」


「え?お、おう。構わないぜ」


「良かった。それじゃあ、ちょっとだけタケを借りるね」





あやのとは違う穏やかな印象を受ける笑みを浮かべて教室を出て行く瀬那を見送り、
淳は5限目までには戻ると残して後を追った。

瀬那が居なくなった事で賑やかだった女子たちもしばらくして落着きを取り戻し、それぞれの話題へと戻していく。
しかし彼が通った場所は何処も女子の顔に喜びを残していき、彼を見た彼女達は常にハイテンションだ。


「何にそんなに騒ぐのか意味が分からない」と零す茜に、あやのは「アナタは一生分からないんじゃない?」と意味深な発言と共にきれいすぎる笑みを浮かべるのだった。



















賑やかな廊下を抜け、段のある階段を軽快に登っていく。
鈍い音を立てて開いた扉の先は晴れ渡った青空が一面に広がっている。

風に押されて閉った扉を確認すると、淳はフェンスに背を預けて空を仰ぐ瀬那の元へと歩み寄った。





「今日はやけに遅かったじゃん。用事でも入ったのか?」


「用事…というより、事件…?」


「え、事件?」





重たい溜息をつく瀬那。その表情からして余程疲れたのだろう。
淳はそんな彼に対し、好奇心に満ち溢れた瞳で先を促した。





「事件って何だ?もしかして葵羅きらさんも関わってんのか!?」


「…肯定したら?」


「詳しく聞く!」


「ノーコメントで」


「うわ、ひっでー!即答かよ!瀬那のシスコン!!」





直後、満面の笑みを浮かべる瀬那だが、淳にだけはそれが絶対零度のものに感じられたのだった。



















授業も終わり、それぞれ部活行ったり、帰宅したりと支度している教室で、
悠梨は隣で黙々とペンを走らせる瀬那に目を向けた。





(横顔も素敵だな…)





悠梨の視線に気づいていないのか、それとも気づいていて見て見ぬふりをしているのか。
どちらにしても、瀬那はシャープペンを動かす手を止めない。

本当に秀才に見える眼鏡をかけた姿は、常に首席をキープしているに相応しい格好だった。


授業も真面目に受けているし、運動神経も抜群。
彼の事を嫌いな人はいるのだろうか、なんて悩むのも無駄なくらい、瀬那は学園一好かれている。

常に笑顔を絶やさないその様はいつ見ても憧れてしまう。

悠梨は真剣な表情でノートと睨めっこをする瀬那をふっと目を細めて見つめ、
自分も見習おうと片付け途中であったノートを再び机の上に戻した。





「おい、瀬那。そろそろ時間じゃねーの?」





そんな時、淳が鞄を肩に背負いながらやってきた。

彼の言葉に腕時計へと視線を移した瀬那は「あっ」と声を漏らし、少し慌てた素振りでそれらを片づけ始めた。
悠梨も思わず時計へと目を向ける。時刻はまだ15時半過ぎだ。何か急ぎの用でもあるのだろうか。

不思議に思いながら再び彼へと視線を戻せば、テキパキと支度を整え、既に教室を出る寸前だった。





「あ…」





零れかける声。聞き取れるか微妙な声量なのにも関わらず、瀬那は不意に振り返った。





「川崎さん。もしかして僕に用事?」


「えっ?」


「今、呼びとめようとしてなかった?」





悠梨は彼の問いに驚いた。霞がかる程度の声量だったのにも関わらず、瀬那の耳にはきちんと届いていた。
それが嬉しくも思うが、今の悠梨には呼びとめて一体何をしたかったのか自分でも分からず…。





「う、ううん!また明日って言っただけ」





慌てて誤魔化すために出た言葉は彼に通用するだろうか。そんな不安もあったが、瀬那は一泊の間瞬きを数回すると不意に微笑み。





「僕、結構耳はいいんだよ」


「え…」





にこりと笑顔を浮かべた彼はそれだけ言うと「またね」と残し、今度こそ教室を出て行った。





(どういう意味なんだろう…?)





彼の告げた言葉の意味がいまいち分からない悠梨は、今しがた彼が出て行った扉をただじっと見つめた。








































『Mugic World!今夜のゲストは…』





家に帰ってから掃除や洗濯をし、夕飯の準備をしていると、テレビ画面からテンションの高い女性の声が聞こえてきた。

きゅっと蛇口をしめて濡れた手をタオルで拭きながらテレビへと視線を向ければ、
画面の中央には大きくその番組名が表示されており。

おそらく舞台裏だと推測できるその場所を映した所で、この番組の司会者の一人である女性が満面の笑みを浮かべながら
今夜番組で歌を披露してくれるゲストの名前を淡々とあげていく。





『―――以上が本日のゲスト様です!そして、なんと今ここには現在男女問わず人気の若きアーティスト【Sky Blueスカイブルー】の皆さんにお越し頂いておりまーす!』





女性が喜々として手を向けた方へとカメラが動く。すると画面にはニッと笑顔を向ける5人の男の子が映し出された。
その瞬間、悠梨の胸が躍る。彼女の視線は5人全員に向けられた後、ある一人に定められた。

そこには黒いサングラスをかけた見かけからしてクールな印象を持つ男の子。
悠梨は女性が拍手を送る音を聞きながら5人の声に耳を集中させる事にした。





『【Sky Blue】の皆さん、今日も元気が溢れてますね!』


『あったりまえッスよ!俺達が元気じゃなかったら、世界中の女の子達が悲しみますって!』


『そうか〜?寧ろ逆の方が効果覿面だろ』


『ンだと、REKKAレッカ!』


『女性の皆さーん。FUBUKIフブキが煩いのでどうにかしてくださーい!』





画面の中でハデな赤い髪色をする少年・REKKAが茶化すように画面に笑顔を向ける。
対して銀髪の背の高い少年・FUBUKIはそんな彼を強引に黙らせては女性の司会者に「すいませんね」と苦笑する。

そんな光景を呆れた顔で溜息を漏らす茶髪の少年とサングラスをかけた少年。
再び討論になりかけた2人の間に止めに入った、まだ幼さの残る顔立ちの少年は画面の中で2人に注意を始めた。


そんな思わず笑ってしまうような光景に、悠梨もクスクスと笑みを零す。
やがて一段落して落着きを戻した彼等に、女性は今夜披露される歌についての質問をした。

それにテキパキと相変わらず高いテンションで説明をしていくこのグループのリーダー・FUBUKI。
しかし、途中から何故か視線がカメラから女性へと向けられ。よく見れば彼の手はちゃっかりと女性の手を握りしめていた。


これにはどうしたものかと苦笑する女性だが、それはどうやら既に馴染んでしまった行動なのか。
近くに居るキャストやプロデューサー達も誰も止めようとはしない。

それに呆れた茶髪の少年・NAGISAナギサは、とうとうキレた。





『おい、FUBUKI!お前それでも一応リーダーなんだから、もっとビシッとしろ!ビシッと!!』


『あれれ?何だい、NSGISA君。もしかして俺に嫉妬ですかー?』


『…一辺シバイたろか!?』





もはや終止がつくのか分からないほど騒がしくなってしまったそこに、
流石に困りを見せた女性は唯一大人しくしているサングラスをかけた彼へと視線を変えた。

それをしっかりと視界で捉えていた彼は、もはや呆れを通り越して疲れた息を漏らすが、
未だ騒いでいる彼等よりもカメラに近づき、女性の質問にリーダーに代わって応え始めた。





『今回披露するものは俺達の中で4つめの新曲です』


『という事は、今回のも皆さんの自作というワケですか?』


『はい。けど、今回の作詞はFUBUKIがメインに考えたから、もしかしたら皆さんの受ける印象がそれぞれ違う事になるかもしれません』





『それはどういう意味ですか?』と尋ねる女性に、説明を続ける少年・ASUKAアスカは『聴けば分かります』とだけ告げ、
未だ騒がしいメンバーを大人しくさせるべく視線を向けた。
それに何故かビクッとなったメンバーは、直様一番背の低い少年・TOYAトウヤを盾にASUKAが向ける視線を妨げた。
この光景もこの番組ではお約束になっているようで、周りからは笑みが絶えない。


その一部始終を見ていた悠梨も楽しそうに目を細めて、一人だけ素顔を見せないASUKAを見詰めた。





(どんな顔してるんだろう…)





出来れば素顔を見てみたい。

今彼はどんな表情をして、どんな瞳で相手を見ているのか。
知りたい事がたくさんあるけれど、彼の透き通るような響きを持つその声に、思わず笑みを零した。





『それではみなさん、CMの後お会いしましょう!』





女性の司会者が元気にそう告げると、テレビの画面から彼等が消え、CMへと変わった。
向ける視線を変えないまま、悠梨はCMをぼーっとして見つめる。


"カッコよくてクール"な印象を第一として魅せていた【Sky Blue】という存在。

見る者を魅了するのは当然で、一息呼吸を止めて発せられたその声は遠くまでも響き渡る。
目から、耳から、全てを音楽の世界へと導く歌声は、誰もが納得するほどの実力だった。


悠梨はオープニングが流れ始めた頃に我に返り、しばらくの間は夕飯の事も忘れてテレビに見入っていた。




















プルルルル…。落ち着いた雰囲気を持つ一室に高らかな電話音が鳴った。

座り心地の良さそうな椅子に腰かけていた女性は溜息まじりに受話器を手に取り、
自然と空いている手で引き出しを開けてメモ用紙を取り出した。





「はい、【Pectillペクティル】事務所です。…ああ、木下君。どう、そっちの様子は」





女性は数回相槌を打ちながら真白なメモ用紙にすらすらとペンを走らせ、真剣な表情で電話の相手に数個の質問をする。
それに何度もペンを走らせてまとめたものを読み上げれば、その表情はふと静かに和らいだ。





「御苦労さま。ありがとうね。…ええ、そのまま進めて構わないわ」





最後にもう一度お礼の言葉をつけて電話を切ると、ちょうど良く部屋のドアにノック音が鳴る。
女性は「どうぞ」と一言告げ、静かに相手入ってきた相手はキリッとした面持ちで彼女を見詰めた。





「失礼します。川崎かわさき社長、此方頼まれていたプロットが仕上がりました」


「あら。もう出来たの?相変わらず仕事が早いわね、椎名しいな君は」





クスクスと笑う川崎と呼ばれた女性に対し、椎名は「仕事ですから」といたって冷静に告げる。
そんな彼からプロットが書かれた紙を貰い、目に通せば、川崎は一度だけ頷くとそれを彼に返した。





「いいわ。これで企画を進めて頂戴」


「はい。ありがとうございます」





椎名はプロット用紙を大事にファイルに仕舞うと、用件が済んだため社長室を退室しようとする。
しかし、ふと思いとどまって、彼は川崎へと再び向きなおった。

それを不思議そうに見つめてくる彼女だが、椎名はどこか躊躇いながらも意を決してそれを口にした。





「川崎社長。私がこんな事をいうのもお節介かと思いますが…。そろそろ一度ご自宅に戻られた方が良いのでは…?」


「え?」





椎名は放しの意図が分からないといった顔をしている川崎に対し、慎重に言葉を選びながら続ける。





「社長のお嬢様…悠梨ゆうりさんとかれこれ10日はお会いしていないでしょう?大丈夫なのですか?」





彼がそこまで言い切ってからやっと理解したようで、川崎は「ああ」と両手をポンと叩いた。





「なに、アンタ。自分の娘でもないのにそんなに心配してくれてたの?」


「い、いえ。私はただ、社長がずっと会社に泊って仕事をしていると耳にしたものですから…その…」





慌てる椎名に、楽しそうに笑う川崎。
ひとしきり笑って満足すると、川崎は未だ止まらない笑いを堪えながら彼を見つめて。





「ありがと。そろそろ帰るつもりだったから、心配しないで。さすがにあまり長い間帰らないのは私も不安だし」


「そうですか」





彼女の言葉にほっと安堵を見せた椎名だが、不意に不満そうな表情に変わる彼女の見て、椎名は小さく首をかしげた。





「あの…社長?」


「ねぇ、椎名。アンタにも可愛い娘さん居るわよね?」


「えっ?え、ええ。一人」


「その…アーティストとかに興味ある?」


「はい。よく友達と一緒にそういう話題を主に話しているようですよ。…それが何か?」





いまいち彼女が欲しがってる答えが分からない彼は、相変わらず不満気な彼女の返答を待つ。
しばらく口を閉じて考えると、川崎は重たい溜息だけを零した。






「ウチの娘もね、中学卒業辺りからアーティストに興味持ちだして私に話してくれるようになったんだけど」


「…何か、問題でも?」





その彼の一言が、彼女を爆発させるきっかけとなった。





「聞いてくれる!?あの子ったらね、私の事務所に所属している子達よりも…よりにもよってライバル事務所の奴等にハマってるのよっ!!」


「…は?」





そこからは川崎の娘が応援しているアーティストに対する嫉妬が渦巻いた愚痴へと変化していった。





「アンタも知ってるだろうけど、あの子ったらあの【ブラウザー事務所】始まって以来の絶大な人気を誇る【Sky Blue】に熱中してるのっ。
 それ聞いたら私悔しくて悔しくてっ。ウチにだってカッコイイ男の子いっぱいいるはず、否、いるのよ!なのに、それなのに、あの子ったら…!」





椎名は川崎のその変身ぶりに思わず絶句。
どうしたら良いんだと頭を悩ませている間も、彼女は止まる術を知らないかのように暴走を続ける。





「思わず彼等の誰が好きなの?って聞いたら、あの子…あの一番ミステリアスそうな素顔も分からない男を示すのよ!?確かに歌声や才能・技術も認めるわ。
 けどね、男って大事なのは外見よりも中身でしょ!?それでも、あの外見からワケの分からない男が好きだなんて…っ!私ショックで、ショックで…!」


「あ、あの、川崎社長。とりあえず落ち着いてください」





終止符が見えない彼女の話をこのまま放置するわけにもいかず、椎名は彼女を落ち着かせるべく水を差しだした。
ゴクゴクと一気にそれを飲み干した彼女は一息つき、落ち着いてからおもむろに受話器へと手を伸ばした。





「社長?」


「悠梨の話してたら無性に会いたくなったわ。今日は帰る事にする」





川崎は手早く番号を押し、自宅へとコールを鳴らす。すると3回目のコール後、相手は明るい声で出た。





「あ、悠梨?母さんだけど」


『あ、お母さん!あのね、さっきMugic Worldで【S.Bスカイブルー】が出たんだよ!AUSKA君、今日もカッコ良かったんだー!』






悪気は一切ない愛娘の渾身の一撃。母はその一言の直後手短に娘との話を終わらせ、早々に帰り仕度をはじめた。





「あの、社長?」


「椎名」


「は、はい!」





グルンと勢いよく振り返った彼女の表情はそれはそれは恐ろしく。
椎名はそんな彼女の冷めた瞳に背筋をシャキンと伸ばし、彼女を見つめ返した。





「私、絶対に【ブラウザー事務所】になんか負けないわっ!!」





それだけ告げると、彼女は足速にその場を後にした。
残された椎名は娘から告げられた何かに触発された彼女の去ったドアを呆然と見つめ、ただ静かに苦笑を浮かべた。





「…お互い苦労しますね、社長」





一人残るその場で、椎名もまた心の中で涙した。


会社の窓から見える空は暗く、高い場所では三日月がキレイに輝いている。
街からの光で星の姿は満足には見えないけれど、不思議といつもよりも眩しく光っているような気がした。





<プロローグ     第2話>