1ヶ月というのは、あっという間の期間だ。
これはあくまで悠梨ふりゆうり仮名にとっての感じ方であって、おそらく今回の出来事に関わっていない人物は然程気にする事もないだろう。

本日より【時雨祭】まで残り6日と迫っており、既にカウントダウンは始まっている。
悠梨のクラスは未だ出し物をどうするかと決まっておらず、時雨祭委員と学級委員のさとるは天を仰いでいる。
そしてクラスの中には「もう、出し物無しで良くない?」、「いっその事時雨祭欠席すればいいじゃん!」そんな発言まで出てくる始末。


だが、そんな中にも諦めていない者達もいるワケで。
その筆頭に居るじゅんは、今直にでも教室を出て行こうとする瀬那せなの制服を引っ張って制止をかけていた。






「瀬〜〜〜那〜〜〜ッ、とーまーれ〜〜〜〜〜〜っ!!」


「っ、俺は…今、からっ、仕事、なん、だ…よっ!だから、放、せ…ッ!!」





教室のドアを掴んで廊下へと出ようと進む瀬那に対し、淳は行かせまいと後ろに体重をかけて踏ん張っている。

以前までの瀬那なら、恐らく爽やかな笑みを浮かべて「ごめんね」等言いながら早退していただろうが、今となっては状況が違う。
つい昨日、有名アーティスト【S.B】の一人ASUKAの正体が彼だと学園中に知れ渡った。

それは悠梨の友人・政史まさしが起こした騒動で、勿論瀬那自らが暴露したワケではない。
そのせいで、以前から人気者だった彼は更に人気を高め、今や彼の存在を知らない者は誰一人としていないだろう。

学園新聞になるほど、彼は更に注目を浴びるようになった。





「ったくよー。ただでさえ先生たちはバタバタしてるっつーのに、お前まで居なくなっちゃ話が進まないだろ!」





淳は疲れたように溜息を漏らしながら、けれども彼を捕まえている手の力は緩めずに呟く。
その言葉を聞いた悠梨は僅かに顔色を曇らせた。


昨日の事件により、政史は晴華学園を去った。
あれだけの事を起こしておいて残るのも難しいところだが、なんとも潔い去り方だった。

彼は瀬那達に声をかけることはなく、そして悠梨にすら、その行動はなかった。
彼女は何も伝えられず、ただ今日になって彼がこの学園を出て行ったのを知らされただけだった。


そして同時に―――――この学園には新たに同じ【S.B】のTOYAが編入してきたため、学園中は大騒ぎ。
ASUKAだけに止まらず、また一人と芸能人が入ってくるなんて、一般人の彼女たちにとっては歓喜いっぱいだ。

休み時間には一、二学年の廊下にはたくさんの女子生徒の姿で満たされており、男子生徒からしてはいい迷惑でしかない。





「休み時間になったら出られなくなるから、こうして授業中に帰ろうとしてるんだろうが」


「せめてあと5分くらい居られないのかよ。この話し合いで決まれば、俺等だってバンバンザイなんだっつーのに」


「…さっきから誰一人としてまともなアイディアを出してる奴が居ないように見えるのは俺だけか?」





瀬那の鋭い一言により、クラスメイト達の肩がビクリと上がる。

現在は3時間目の授業中。担任が受け持つ授業なため、今はわざわざ話し合いに削らせてもらっているが、
瀬那の言うとおり、先ほどからロクな意見が出ない。

内容を簡単に言うと、残り6日と迫った今日からでは到底出来ないであろう内容ばかりが出てくるのだ。
既に聡を含め、担任や委員も疲れ果てた表情で教卓の傍にもたれかかっている状態。

こんな光景を長々と見ていれば、瀬那の帰りたくなる理由も分かってくるものだ。





「もういっその事さ、校庭にホースとか使って水撒いてさ、運良ければ虹見えますよーみたいなのにしたら?」


「あらあら。茜の説明が単純すぎて分かりにくいわね」


「あやのは黙ってて!」


「要は水撒きだよね。梅雨=水って事か。山口さんらしい発想だね」





疲れきっていて尚、やっと少しはまともな意見が出た事で僅かな回復を見せる聡。
茜は彼の言葉に誇らしげに胸を張るが、瞬間的にあやのからの棘のある言葉に過剰反応して言い合いが始まる。

またもや騒がしくなった現状に涙流す聡と委員にほとんどの視線が集まっているのを確認すると、
瀬那はここぞと言わんばかりに淳の手から逃れた。





「あー!待てよ、瀬那!まだ話し合いは終わってないぞ!?」





慌てて声をかける淳に振り返りながら肩に鞄をかけると、瀬那は意地悪に笑い、





「後はお前等に任せた。俺はしばらく学校に来れない」


「はあっ!?だったら余計に手伝えって!」


「そうしている時間がないんだ。既に集合時間まで10分を切ってる」


「何ィッ!?だったら早く行け!遅刻なんてもってのほかだ!」


「ああ、そうする。じゃあ、委員長。今度は当日で」





爽やかな笑顔でそう告げた瀬那。
しかし、その言葉はクラスメイトにはとてつもない衝撃的な発言で―――――。





「うっそ!?当日まで来ないの、嘉山かやま君!」


「ちょっと!呆けてる場合じゃないわよ!嘉山君が来られない今、私達だけでなんとかするしかないじゃない!」


「おい、お前等!何でも良いから発案しろ、発案ー!」





頼れる存在を失った彼等は、最早自分達だけで何とかするしかないと漸くやる気になったらしい。
そんな彼等を見て感動する聡、委員そして担任。

淳も気合いを入れ直し次々と発案していくが、まともなものが一つもない。

そんな彼等を横目に、悠梨は廊下で静かに微笑む瀬那を見詰めた。
すると音なくして彼と視線が交り合う。

とくんと跳ねた心臓と薄っすらと赤くなる頬を感じながら、悠梨は誤魔化すように"いってらっしゃい"の意味を込めて手を振る。
瀬那は一瞬きょとんとするも、直に小さな笑みを浮かべ、





「良い提案、期待してるからな。悠梨」


「えっ」


「じゃあな」





予想外な一言に呆気にとられ、瀬那にまともな声をかけられることなく彼を見送ってしまった悠梨。

あの事件以来、瀬那は悠梨の事を名前で呼んでくれるようになった。
そして本来の自分も見せてくれるようになった。
それだけで無性に嬉しいというのに、彼は会うたびに彼女に喜びを残していく。

それが計算されたものなのか、それとも無意識のものなのか。それは瀬那じゃないと分からないが。
それでも悠梨にとっては幸せな出来事ばかり。


今も時間がないのに自分に言葉を残して行ってくれた瀬那に、悠梨は隠しきれない嬉しさを感じていた。
仕事が終わってからでも、時間に間に合えば学校にきてくれる瀬那のためにも…。

悠梨は皆が出していく案を見ながら、自分が思いついた事を挙手して伝えた。











それから時間はあっという間に過ぎた。
結局悲しい事に【時雨祭】での出し物が決まる事はなかった。
クラズが一丸となって発案したのにも関わらず、出てきたアイディアは残り日では間に合いそうにないものばかり。

あの1か月前だったらきっとそれらは出し物として出来ていただろう。
だが、時既に遅し。日日の少ない今となっては、それは叶わない。





「…どうしよう」





決まってないのは自分達のクラスだけで、他のクラスはラストスパートと気合い十分に作業に取り掛かっている。

しかも明日・明後日と土日が挟まってしまい休日なのだ。
これでは残り6日なんて言ってられない。

悠梨は賑やかな下駄箱でローファーに履き換えようと靴箱を開けようと手を伸ばす。
すると、何かが靴箱からヒラリと落ちてきた。





「――――え!?」





悠梨はそれを見て目を見開く。
舞落ちたそれは白の封筒にハートのシールが貼ってあった。

そして宛名には『愛しの悠梨ちゃんへ』―――――。

悠梨は信じがたいそれに恐る恐ると手を伸ばして拾うと、差出人の名前が無い事に気づいた。
表裏と何処を見ても書かれていない。





「…ラブレター、じゃない…よね?」





半信半疑でそれを凝視していると、後ろから「悠梨ー!」と明るい茜の声が響く。
咄嗟に鞄に詰め込んで何もなかったかのように笑って返事を返すと、今から喫茶店に寄っていかないかと御誘い。

悠梨は快く頷いて茜、あやのと共に学校を後にした。


家に着いたのは夕方の6時半前。
美味しいケーキと紅茶を堪能した彼女はあまりお腹が空いていないでいる。

ふう、と一息ついて洗濯物をまだ取り入れてない事を思い出し、慌てて作業に入る。
静かなリビングにテレビをつけて洗濯物を畳む。
すると、今日は『Music World』がある曜日だと思いだし、直にチャンネルを変えた。





『今夜のゲストはこの方たちでーす!』





チャンネルが変わった頃には既に紹介場面に入ってた。
まだ誰も歌っていないようで案心した彼女は、せっせと洗濯物を畳みながらテレビを見やる。

今夜も有名アーティストばかりが揃う中、嬉しい事に【S.B】も登場した。





「あっ。瀬那君だ!」





今日も学校で会えた彼は、今は画面の向こう。
素顔を知っているのはおそらく仲間のメンバー達や関係者のみだったはずが、今では学園中が知っている。

今の瀬那―――――ASUKAは未だサングラスをかけており、素顔を隠していた。





「…いつまでアレをかけ続けるんだろう」





悠梨は素直に疑問を口にした。だが、答えてくれる者は誰も居ない。
洗濯物を全て畳み終えた彼女は、そっとリラックスした座り方をし、テレビを見詰めた。





『今夜は2時間スペシャルという事で、アンケート調査の結果選ばれた皆様に来ていただきました!』





画面の向こうが賑やかになる。
今この画面に映っているアーティスト達はそれはそれは有名な人ばかり。

そんな中に彼等【S.B】が堂々と存在している事に、悠梨は嬉しさを感じた。





『本日のゲストの中で一番若いグループの【S.B】さんなんですが、今日はスペシャルメドレーを発表してくれます!』


『よろしくお願いしまーす!』





たくさんの黄色い声と明るい拍手が彼等に贈られる。
どうやら【S.B】が一番手に歌うらしい。

悠梨は慌ててリモコンを手にすると、直に録画の準備をした。





『それではお聴きください。【Sky Blue】でスペシャルメドレーです。どうぞ』





司会の女性の声とともにギターの音が静かに響く。
一拍の間を置いて、NAGISAの声とASUKAのベース、FUBUKIのドラム、そしてTOYAのキーボードが音楽を奏でた。

1曲目は彼等のデビューシングル『春歌』。
2曲目、3曲目もシングルからの曲。

そして4曲目のアルバムに入っている『SKY BLUE』の合い間に差し掛かった時、楽しそうにギターを引いていたREKKAと
間奏のためマイクを口から遠ざけたNAGISAが悪戯に笑いながらASUKAの背後に近づく。

ふと彼が肩越しに振り返ろうとした時、NAGISAが彼の腕を抑え、その隙にREKKAが彼のサングラスに手をかけた。





『お、おいッ――――――』





マイク越しに小さく聞こえた慌てるASUKAの声。
同時に、彼の顔からそれは外された。





『キャ―――――ッ!!』





会場内はそれはそれは予想外な出来事に驚きを露わにする。
今まで素顔を隠してきたASUKAのミステリアスな部分が、たった今、外されたのだ。

悠梨は絶句しながら画面に食いつく。
そしてその画面内では実に楽しそうに『これがASUKAの素顔でーす!』とアピールまでしている。

大丈夫なのかと内心心配になる悠梨だが、ベースを片手に呆れ顔の彼を見るや、それは必要ないものだと気づかされた。





『俺の素顔を見た奴等は―――――――全員同罪だ!』





ASUKAは悪戯に笑みを浮かべ、NAGISAが使っていたマイクの前に行きサビを熱唱。
彼の大胆な行動に慌ててマイクを奪うNAGISA、一緒になって歌うFUBUKIとTOYA。

REKKAはASUKAの横に並び、ハモりながら最後まで歌い続けた。


こうして、今まで隠されてきた彼の素顔はテレビを通して全国へと伝えられる。
おそらく明日の新聞は大変な事になっているだろう。テレビもチェックしたらすごい事になっているはずだ。

悠梨は瀬那が不機嫌そうに彼等を叱るところを容易く想像できてしまい、思わず笑みを漏らした。


彼等が歌い終わり、CMが入った時、携帯にメールが届いた。
差出人は不明。しかし、題目のところに『S.Bマネージャーの吉妻よしつまです』と書かれており、悠梨は直にない様に目を通した。



――――明日の12時にそちらに伺わせていただきます。



内容はあっさりしたものだった。
どうやら彼等が仕事で送れない代わりに、マネージャーの彼が送ってくれたらしい。

文末には『お世話になります』と可愛らしい犬の絵文字と共に記されていて。
悠梨は彼が意外と可愛らしい人なんだと、新たに知った瞬間だった。



『Music Wprld』を最後まで見た彼女は寝る支度を整え、明日に備えて早めに寝ることにした。
母・夏苗なつえには既に連絡していると書かれているから電話は必要ないと判断し、目覚ましをセットして静かに瞼を閉じた。






















翌日、目覚ましのベルの音と共に起床した悠梨は清々しい目覚めだった。
カーテンを開けて窓のを戸を見れば、薄い雲が風と一緒に流れ、眩しい太陽の横を通っていく。
気温もちょうど良く、快適な日和になった。

現在の時刻は午前9時。
今日はあの【S.B】のメンバーが此処に訪れるため、やることはやり、準備する物はすると少々忙しい朝だ。

10時には母の夏苗が帰宅する事になっているため、それまでには食事も準備しておかなくてはならない。
悠梨は服を着替えると、早速洗濯物や家の掃除を開始した。
区切りのいいところで時間に間に合うように食事を作り、出来上がれば再び作業が途中だったものの続きをする。


そうしている間に時間はどんどん過ぎていき、あっという間に彼等が訪れる時間となった。





「お、お母さん。この服、変じゃないかな?」





意外と緊張している悠梨の言葉に、夏苗はクスリと笑って「似合ってるわよ」と呟く。
それに安心した悠梨は、今か今かと彼等がやってきた合図のインターホンが鳴るのを待った。

そして――――――ーその音は鳴った。

悠梨は不意を突かれた訪問の合図だったため、急いで全身鏡で改めて服装を確認して、小走りで玄間に向かう。
二、三回深呼吸をすると、ゆっくりとその扉を開けた。





「不要人」


「はうっ」





開けた途端頭にズベシッとお馴染みのチョップが当たる。
悠梨は攻撃された部分を手で押えながら顔を上げると、そこには普段あまり目にしない私服姿の彼等が居た。





「…ったく。昨日言ったばかりだろ。ちゃんと開ける前に訪問者の確認をしろ、アホ」


「す、すいませんっ。もう瀬那君達とばかり思ってたので、つい…」





あっけらかに溜息をつく瀬那に苦笑交じりに言い訳を述べる。
するとその後ろからヒョッコリと昨日と同じくして燈弥がにっこりと笑って出てきた。





「こんにちは、先輩!あ、今日はロングスカートなんだ」


「あ、こんにちは国本君」





悠梨は気を改めて彼に挨拶をし、笑顔で頷く。
すると、騒がしく彼等を押しのけて登場した元気ありありの長身の少年・吹雪ふぶきは、悠梨の服装を見て目をらんらんに輝かせた。





「うをっほー!かっわいーぞ、悠梨ちゃん!よしっ、このまま俺とデートしよ!!」


「えっ!?」





何の躊躇いもなく彼女の手を握って踵を返そうとする吹雪の額に、瀬那の水平チョップが炸裂する。
痛い痛いとワザとらしくしゃがんで泣き真似をする吹雪を放置し、瀬那は肩越しに後ろを振り返った。





「今日は俺達【S.B】とマネージャーのヨツも一緒だ。よろしく」





真面目な挨拶をする瀬那に、慌てて「こちらこそ」とお辞儀した悠梨は、ふと視界に入った未だに静かな人物たちを見た。

一人は真面目な顔で、けれど、どこか気まずそうななぎさ
一人は明らかに近づけませんと、瀬那の後ろから出てきそうにない烈火れっか


悠梨は苦笑を浮かべつつ、彼等を家の中へと案内した。





「いらっしゃい。わざわざ足を運んでもらってごめんなさいね」





リビングに入ると、夏苗が仕事モードの挨拶をかわす。
彼等に変わり、陽太ようたが彼女に代表で挨拶をするも、その表情がうかない様子。

その間に悠梨は彼等をソファに座るよう促し、夏苗と陽太も座ってのを確認するとキッチンからお茶を運んだ。
なるべく物音をたてずにそれぞれの前に紅茶の入ったティーカップを置いていく。
すると吹雪が悠梨からお盆を受け取り、代わりに配ってくれた。





「あ、ありがとうございます。FUBUKI君」


「どーいたしましてっ。お礼はデート一回でOKだよ」





にこにこと相変わらず明るい笑みを浮かべて話す吹雪に、瀬那は座っている状態で彼の腰に水平チョップを当てる。
吹雪は「はいはい」と言いながら仲間のメンバーの元に紅茶を置き終わると、元居た位置に腰を下ろした。

夏苗は6人が横に並んで座っている向側に腰を下ろし、悠梨はその隣に座る。
全員が落ち付いたのを確認すると、彼女は一息ついてから話し始めた。





「今日話す事は悠梨から聞いてると思うけど…。NAGISA君、アナタは本当に真実を知りたいの?」





落ち付いた、そして真面目な声で渚へと問いかけると、彼もまた落ち着いた表情のまま「はい」と告げた。
夏苗は彼の意思を第一に考えて話を進めようとしている。

瀬那達もまた、渚の意思を尊重して同じ場に留まって聞くことを決意した。





「まず初めに言わせてもらうわ。―――――アナタのお父さんはちゃんと生きてるから、そこは安心して」





彼女の一言に渚の表情がすっと和らぐ。
今まで緊張と不安で染まっていた彼の顔色は最初に比べて格段に良くなった。





「あのっ。父さんは今何処に居るんですか?今何をしているんですか!?」





身を乗り出して問う渚。
しかし、夏苗は小さく息をつくと首を横に振った。





「悪いけど、それは言えないわ」


「な、何故ですか!父さんの安否を確認できてるアナタならご存知なんでしょう?なのに何で…」


「アナタのお父さん―――――蘇芳すおう君の無事が確認とれるのは、彼からたまに連絡がくるからよ」


「っ?」





渚は訝しげな表情で夏苗を見つめる。





「…どういう、事ですか?アナタは父さんとどういう関係…」


「私はね、彼と、そして今のアナタ達の社長の東一とは幼馴染なのよ」


「え…」





この事実には渚だけではなく、悠梨や瀬那達も驚きを露わにした。





「お、お母さん…それって…」


「昔ね、3人でよく将来の話をしていたの。小学生の頃からだったかしら…。蘇芳君はその時から歌手になることを夢見てたわ」





懐かしそうに目を細めて語る夏苗。
悠梨達はそんな彼女の話に黙ったまま耳を傾けた。





「私と東一も幼い頃から音楽が大好きで、将来は音楽に関わる仕事につこうって言い合ってたの。
 そしたら本当に皆それぞれ音楽関係の仕事に就けたものだから、当初は驚いてたわ」





夏苗の話は蘇芳失踪事件の近くまで記憶を辿りながら話される。
そして、今回彼等が集まったもっとも知りたがっていた内容に差し掛かった。





「アナタ達が気になっていた、蘇芳君の失踪…そして『company事務所』の倒産の事だけど、」





全員に緊張が走り、それぞれが息を呑む。
夏苗は彼等全員を見渡した後、渚へと視線を向けた。





「業とさせたの、私と東一がね」


「!?」





はっきりと告げた夏苗の言葉に、全員が絶句する。
普通ならそんな事誰もやりたいと思わないし、なりたいとも思わない行動だ。

しかし、彼女の口からはそれを実際に実行したと告げられたばかり。
悠梨は信じられない思いで彼女を見つめた。





「ど、どういう事なの…お母さん…」


「ッ、やっぱりアンタ…!!」





今にも掴みかかる勢いで席を立つ渚。

しかし、その腕は突如掴まれ、イラただしげに視線を向ければ、
そこでは落ち付いた表情の瀬那が彼の腕をしっかりと掴んで止めていた。





「…放せ、嘉山」


「落ち着け。意味もなくそんな大胆な事するワケねーだろ」


「―――――っ」





尤もな意見に渚は言葉を詰まらせ、渋々彼に腕を引かれながら席に着く。
ヒヤヒヤした状態になったことで、S.Bメンバーも動揺していたが、瀬那の放つ落ち付きにそれぞれは呼吸を安定させた。

夏苗は悠梨が用意した紅茶を一口飲むと、そっと元の場所に戻し、続きを話した。





「正直、ここから先の事はアナタ達のような子供には話さない方がいいと思うんだけど……それじゃ、納得しないでしょ?」


「当たり前です。今日は真実を知るために来たんですから」





なんとか焦りと動揺を抑えながら応える渚。
夏苗は無言で頷くと再び紅茶をすすった。





「アナタ達も分かるけど、会社って大きくなっていくと同時に有名の度合いも比例していくパターンが基本なの。
 だから蘇芳君の立ち上げた事務所もあっという間に知れ渡ったでしょ?だから自然とライバルも増えていくワケ」





夏苗は続けた。


ライバルが増えるという事は、自分達がより大きく、有名になるよう動く。
やり方は人それぞれ異なるだろうが、蘇芳の会社をライバル視したりする中で、彼の事を良く思わない者も存在していた。

そしてその人物は、なんとも大胆な行動に出た。
それが――――――。





「蘇芳君の会社を乗っ取り、会社はそのままに彼だけを追い出そうと企んだのよ」


「!!」





彼女の口から出てきた事は、彼等が予想していたものとはかけ離れた事実だった。
これはニュースや記事では記されていない"隠された"部分。

誰も知ることのなかった事実に、今彼等は足を踏み入れているのだ。





「そ、それって…」


「彼はその人物と何度か接触していたようなの。勿論、相手の一方通行がほとんどらしかったけど」





夏苗はリビングにある戸棚からその時の新聞を取り出し、テーブルに広げた。





「勿論、そんな事記事にされたことなんて一度もないわ。蘇芳君からしたら、その人もまたライバルの一人に変わりなかったから」


「でも、その人はそうは思ってなかったんでしょう?」


「ええ。彼は蘇芳君が立つ頂点を狙っていた。そして、その人の企みを知った彼は同じライバルの私達に交渉してきたのよ」





その時には既にそれぞれ会社を設立させていた三人。
それぞれがそれぞれの夢を叶え、お互いにライバル視しながらも応援しあっていた仲間。

そんな唯一信頼できる二人に、彼はこう言ったのだ。





「"今のままでは折角デビュー出来た人、成長している人全てが0になってしまう。そんな事は絶対にさせたくない"」





夏苗は渚を真剣な眼差しで見つめた。





「"だから頼む。僕の変わりに彼等を守ってやってくれ―――――…"」


「―――――…」





そう告げた蘇芳は会社が倒産する前に、記事に書かれていた通り二つの事務所に所属していた全員を移籍させたのだ。
それから直に彼の会社は倒産。何処よりも大きく、一目を置かれていた存在は突然として姿を消した。

綿密な計画を立てていた人物の企みは現実しないまま終わり、『company事務所』は名を沈めた。
これが隠されていた真実。





「ッ、じゃ、じゃあ…蘇芳さんの会社は、蘇芳さん自らが望んで倒産させたって事ッスか?」


「望んではいなかったわ。けれど、気づいた時には既に手遅れで、彼等を、そして会社を守るにはそれしか出来なかったのよ」





普通じゃ考えられない真実。
吹雪が問いかけたそれに静かに答えた夏苗は、温くなってしまった紅茶を飲み干した。





「これが、アナタが知りたがっていた真実。申し訳ないけど、私も蘇芳君の居場所は分からないの」


「…どうしてですか?」


「さっきも言ったけど、彼がたまに携帯に連絡くれるくらいで、それはいつも何処かも分からない公衆電話。
 連絡先を知りたくても、彼が教えようとはしてくれないのよ。だから、ごめんなさい」





渚は本当に申し訳なさそうに謝罪する彼女に、慌てて制止をかけた。





「謝らないでください。アナタは悪くなんかない。それに、謝るのは俺の方です。…疑ったりなんかして、本当にすみませんでした」





勢いよくその場に立ち、深く頭を下げる渚。
夏苗は驚いた顔で彼を見るも、不意に静かに笑みを浮かべた。





「彼、私がライバル会社の社長だって忘れて聞いてるのか、業となのかは分からないけど…。アナタの事、たまに聞いてくるのよね」


「え?」





渚は下げていた頭を上げて彼女を見詰めた。





「笑っちゃうわよ。ワザワザ東一にじゃなくて私にライバル事務所に所属しているアナタの事聞いてくるんだもの。
 …よく"アイツは元気か?"とか"歌は上手くなったか?"とか、もう質問ばっかり」





呆れたように溜息をつく素振りを見せる夏苗だが、その表情はとても穏やかで優しいもの。
渚はそんな彼女を見つめながら、ふと同じくらい穏やかな笑みを浮かべた。





「んじゃあ、今度蘇芳さんから連絡が来た時は、渚に直接電話してくれるよう頼んでもらえませんか?」


「吹雪…」


「あ、あのっ。オレからもお願いします!渚、ずっと蘇芳さんの事心配してたから」


「ま。いつも煩い渚だけど、親想いなのは頷けるしなー。俺からも、その、お願いしま、す…」





相手が女性なためおずおずと頭を下げる烈火と、緊張しながらも同じくお願いをする燈弥。





「俺からもお願いします。渚はずっと蘇芳さんの行方を一人で探していました。
 もし出来るなら近日中に連絡貰えるよう伝えていただけませんか」


「…嘉山…」





そして一同に「お願いします」と頭を下げるメンバーに、渚は目を丸くするも、直に夏苗に向きなおり、





「お願いしますっ」





彼もまた、ぐっと深く頭を下げた。
悠梨はそんな彼等を見て、自らも夏苗を見つめ、





「お母さん。私からもお願いしますっ。NAGISA君のお父さんに伝えてください!」


「悠梨―――――…」





全員が一斉に頭を下げた状態で「お願いします」と力強く頼み込む。
夏苗はしばらく無言で居たが、不意にその表情を緩め、





「皆の気持ちは分かったわ。私も出来る限り彼と連絡できるよう努めてみる」





「でもね、」瞬間、夏苗の笑みは黒く染まった。





「あンのバカ!!連絡先一つ教えないで毎回公衆電話からの電話だけなのよ!?こっちから出来るなら
 今頃罵声の一つや二つ言ってるって話しよ!昔からどっか抜けてるとは思ってたけど、ここまでとは正直思ってなかったわ!!」





突然爆発した彼女の感情に唖然とする一行。
しかし、夏苗は彼等に構うことなく今まで溜まっていた鬱憤を撒き散らしている。





「アイツ…っ!次会ったら往復ビンタかましてやるわ!!アンタ達もアイツの姿見つけ次第、直に私に連絡しなさい!
 代わって私がアイツに謝らせてその場に土下座させてやるわっ!!」


「は、はい…」





鬼の形相になった彼女を止める術は悠梨ですら持っていない。
こうなった彼女は誰であろうと止められないのだ。

瀬那達は彼女の変わりように言葉もなくすが、そこで陽太が恐る恐る彼女に近づき、





「あ、あの…川崎さん?そろそろ落ち着いて」


「アァ”ッ!?」





鋭い眼光と形相、そして睨み。
陽太は情けなくも涙目になって「い、いいえ、何でもありません…」となんとか言い、S.B一行の背に隠れた。

「何やってんだよ、ヨツー」、「なっさけねーなぁ」と不満を漏らすメンバーだが、陽太から「じゃあ、君達が説得してよ」
という言葉に、誰一人として彼女に立ち向かう者はいなかった。


それから彼女が落ち付いたのは30分も過ぎてからの事。
話しが終わった彼等は次なる仕事に向かうため、悠梨の家を後にする。だが、その際に、





「あ、あのさっ」





渚が車に乗る間際に彼女に駆け寄り、





「今日は、ありがとな。アンタのお陰で父さんの事を知る事が出来た。ホントに、ありがとう!」





悠梨に向かって深く頭を下げ、お礼を言う渚。
だが、悠梨は頭を下げる彼に驚き、慌てて元に戻るよう頼む。

清々しい程の笑みを浮かべた渚は、頭を上げると彼女に向って右手を差し出した。





「アンタには色々と迷惑をあけちまって、本当に悪いと思ってる。けど、お陰ですごく助かった」


「…NAGISA君」


「ありがとな。今度、お礼をさせてくれ」


「えっ」





渚は悠梨の手を自ら握ると、夏苗にお辞儀をして急いで車へと乗り込んだ。
車内からS.B一行が二人に挨拶をして、車が出発する。

悠梨は返事を返す前に走り出してしまった車を、見えなくなるまで見送り続けた。



この日の出来事は悠梨にとっても彼等にとっても、とても大事なものになっただろう。
彼等が気づいていない内に、その心のには新たなものが少しずつ芽生え始めてきているのかもしれない。

空を仰いだ。薄っすらと浮かぶ雲はキレイな空に風に乗って流れていく。

気持ちよさそうに目を瞑り、風を感じる。
そんな穏やかな時間と新しい出来事により、悠梨は追い詰められている現実を忘れていた。

【時雨祭】当日は、直そこだ―――――――。








































週末を終え、やってきた月曜日。
その日の悠梨のクラスは大変な事になっていた。

教室の中は作業道具でメチャクチャ。机はバラバラ、ダンボールや画用紙が散漫し、とてもじゃないが満足に歩ける状態じゃない。





「おーい、お前等ー。授業は無視ですか」





担任の小島が溜息まじりに問いかけるも、クラスの中でそれに応える者は誰も居ない。
皆あっちへ走って、こっちへ走ってで大忙し。
結局何をやるのか決まったのか、と聞かれればおそらく答えられないだろう。

そう、彼等は結局何も決まらないので開き直る様に我武者羅になってるだけだった。





「インチョー、見て!俺の傑作!タイトルは『ダラシナイ人』!」


「うわー。小島先生にそっくりだね!」


「おい、尾崎。お前は先生をコケにしたいのかー?」


「違うよ、センセー。これは俺の愛情」


「よし、捨てろー。ほら、さっさと美人の姉ちゃんでも描き直せー」


「うっわ。それ完全にセンセーの趣味だよね。絶対祭と関係ねーよ」





何だかんだ言いながらも小島はクラスで人気がある。
悠梨はそんな光景を目にしながらも、自分も何か手伝おうと辺りを見渡した。





「あ、悠梨ー。こっち来て一緒にやろーよー」





そこに茜の声が届く。
彼女はあやのと一緒になにか描いているようだ。





「あ、今行くねっ」





足元に気を付けながら行こうと歩き出した直後、彼女の足は自分の机の脚に引っ掛かってしまいその場に手を突いて転ぶのを待逃れる。
だが、その時の振動で机に置いておいたカバンがバランスを崩し、床にその中に入っていた教科書やらをバラ撒いてしまった。

慌てて集める作業に入った悠梨を手伝うため、近くに居た女子が手を貸してくれる。
そんな彼女に「ありがとう」と言いながらせっせと拾っていると、不意に女子が小さく何かをつぶやき、





「ねぇ、この写真って…」


「え?」





目を向けた先には顔を真っ赤にさせる女子と、その手にはどうやら1枚の写真が持たれている。

写真なんて入れた覚えないんだけどな…。と思いながら悠梨は彼女の持つ写真を覗きこむ。
瞬間、悠梨の顔も彼女と同じくらい真っ赤になった。





「悠梨?どうしたの?」


「あら…。これは―――――」





そこへやってきた茜とあやの。
二人も彼女たちの見る写真を覗くと、あやのが代表でその写真に写る人物の名を告げた。





「それって――――――――――嘉山君よね」





刹那、クラスに居た女子達は一斉に反応を見せた。
傍にいた男子を跳ね飛ばし、皆が揃ってその写真を覗きこむ。

そして一気に黄色い声が教室中に響き渡り、一時大騒ぎになった。


なんとかその場を沈めた担任・小島はため息まじりに彼女たちから没収した瀬那が映る写真に目をやる。
するとしばし無言でそれを見つめていた彼だが、ふと何かを思いつき、





「なあ、お前等。他に写真持ってる奴いねーか?」


「え?写真?嘉山君の?」


「ちげーよ。自分が映ってるもんでも、友達と映ってるもんでも何でいいから。
 どうせなら、これみたいに雨か水が映っているやつだと助かるな」





彼の説明に首を傾げる生徒たちだが、聡がハッとなって小島を見詰めた。





「先生!もしかして写真を!?」


「さっすが委員長。察しが良いな」





小島がニカニカと笑うと、生徒たちも意味が分かったようで近場に居る者同士で話しだす。
けれど、今写真を持っているワケがなく、どうしたものかと悩んでいると、生徒の一人が「あ」と声を漏らす。





「あのさ、僕写真部入ってるんだけど。確か部室にカメラを忘れてたんだ。まだフィルムも余ってたはずだから―――――」




そこまで言うと、生徒たちの行動は早かった。

写真部に入る者は直様カメラを取ってくるよう走り、他の生徒は校庭に向い、ホースやじょうろなど。
とにかく水に使う道具をそこらじゅうから集めた。

そして時間が許す限り写真を撮り、写真屋に預けたそれが現像できるまでの間、力を合わせて部屋の飾り付けに動いた。
そんな時、淳がポンと手を打ち、時雨祭委員の二人に何かを話しだした。

彼等が浮かべた笑みは悪戯っ子のような怪しい笑み。
何をする気なんだろうと気になったものの、悠梨は今は作業に集中しようと手を動かし始めた。


そんな日が3日続き、【時雨祭】を翌日に控えた晴華学園の生徒達は最終チェックと準備のため、授業は無しで作業をしていた。

悠梨のクラスは瀬那が居ない分をなんとかカバーしようと協力し合い、あとは写真を飾るだけのところまできた。
だが、生徒の体力はそろそろ疲労を多く見せている。放課後遅くまで残っている事が続いたためだ。

悠梨もその内の一人で、彼女の場合積極的に終わりそうにない飾りを家に持ち帰って続きをしていたため、とても眠たそう。


時刻が昼休みになったのをチャイムが知らせると、悠梨は使わなくなった道具を戻しにあちこち歩いていたため、
少し気を抜いた瞬間、視界がグラリと傾き、その場で意識を失った。




















あれからどれくらい経ったのか。
遠くの方でドアが閉まるような音を耳にし、悠梨は重たい瞼をゆっくりと開けた。

すると――――――…。


真白な世界に歪んで映る人影。
そこに居るのは誰なのだろうと、なんとか目を凝らして見つめる。

すると、それは徐々にはっきりとしていき――――――。





「…起きたか」





落ち付く低音に、心地よく響く声色。
悠梨はそれに導かれるようにして今度こそしっかりと映った世界を見渡した。





「え…、瀬那君?」





驚いた事に、そこには居ないはずの彼が居た。

以前仕事で忙しいから当日まで来られないと言っていた彼が、何故今ここに居るのか。
そして何故、自分は保健室のベッドで眠っていたのか。

悠梨は混乱する現状を知ろうと、傍で椅子に座って眼鏡を弄る彼にゆっくりと問いかけた。





「あ、あの、瀬那君。私、いつから此処に…」




すると瀬那は眼鏡を専用のケースに戻し、呆れた溜息をつきながら彼女に目を向けた。





「お前、いきなり廊下で倒れたんだよ。睡眠不足だとさ」


「睡眠、不足…」





悠梨はここ3日間の自分の行動を振り返った。

終わりそうにない作業は切羽詰まった状態にあったため、出来る限り引き受けて家に持ち帰った。
そして睡眠時間を削って、なんとか間に合うようにと作業を進めてきた。
多分そのせいだろう。

悠梨は次に呟いた瀬那の言葉に思考を彼へと向けられた。





「準備をするのも、頑張るのも悪い事じゃない。だが、満足な体調管理も出来な奴が必死になってどうする?」


「…ご、ごめんなさい」


「別に…。謝ってほしいワケじゃねーよ」





そう呟いた瀬那はふと笑って、彼女の頭にぽんぽんと触れた。





「あんまり無理しすぎるなっつってんの。お前の場合、誰かが言わないとやめないだろうからな」


「―――…」





彼女の頭からそっと手を放すと、瀬那はその場に立ちあがり、足元に置いていた鞄を肩にかけた。





「えっ。せ、瀬那君、何処か行くの?」


「少し仕事を抜けてきただけだから、すぐに戻らないといけねーんだ」


「あ…」





残念そうに眉毛を八の時に下げて俯く悠梨。
瀬那は苦笑を浮かべ、再び彼女の頭に手を近づけ―――――――ズビシッ。

突然降ってきたチョップに、悠梨は瞬きながら彼を見詰めた。





「明日は必ず来る。成功させるんだろ?【時雨祭】」


「―――――、うんっ」





明るく笑った悠梨を目に収め、瀬那は軽く手を振って保健室を後にした。

彼に触れられた頭に自分の手で触れる。
嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべた悠梨は、再び意気込み、保健室を元気よく出て行った。


教室への帰り道、ふと彼女は足を止める。





「そういえば瀬那君…。教室には行ってないのかな…?」





思い返せば彼の話し方からするに、自分を保健室まで運んでくれたような気がしてならない…。
と言う事はつまりは――――――。





「――――――!!」





悠梨は一気に恥ずかしくなり、自分の頬を両手で押えて廊下をダッシュで駆け抜けた。

教室へ戻ると茜達が明るく出迎えてくれる。
そしてもう一つ出迎えてくれた物があっり……。

瞬間、悠梨は沸騰した様に顔を真っ赤に染め、再びフラついて倒れた。





最後まで騒がしく当日を迎えた本日―――――――【時雨祭】。

朝早くから最終チェックに来ていた少数のクラスメイトと共に、悠梨も教室に居た。
今日は生徒だけではなく、招待状を貰った保護者や関係者も訪れるのだ。


【時雨祭】開催は10時。
最終チェックも終え、残り30分となったところで今や更に大人気の瀬那が疲れきった表情で入ってきた。





「あ、瀬那君!おはようっ」


「おー。朝から元気だな、お前は」





声からして疲れが見える。
悠梨はどうしたのかと彼に問いかけようとした時、彼の服が乱れている事に気づいた。





「瀬那、君?何かあったの!?」





悠梨の心配の声にクラスメイトも続々集まってくる。
すると淳がケラケラと笑いながら、





「瀬那の奴、登校してくる際にたくさんの女子に囲まれてたんだよ。んで、この有様」


「ええ!?」


「…タケ。お前、見といて知らん顔か」


「いや、さすがの俺もあの大群には入れないって」





苦笑して手を左右に振って話す淳に、どかっとイスに座る瀬那。
俯いて溜息をついた彼はゆっくりと顔を上げて辺りを見渡す。

すると、ある一か所を見たとき、その目が点となって止まった。





「…おい。何だ、アレは」


「あ。気づいたか!お目が高いねー、瀬那は!あれ、このクラスで最高傑」





淳が楽しそうに皆まで言う前に、瀬那が鋭い睨みを利かせて淳のネクタイを引き、自分の方へと引き寄せた。
いきなりグインと前のめりになった淳の顔は、瀬那と鼻先が触れ合ってしまうくらいまで近づいている。

同時に女子の黄色い声が教室に響くが、瀬那は鋭い睨みと黒いオーラは放ちながら淳に問いかけた。





「お前、あの写真はどうした?誰が持ってきた?」


「お、俺じゃねーよっ。アレは確か、川崎さんが持ってて――――」


「…え」





瞬間、瀬那の鋭い視線は悠梨へと向けられる。
彼女はビクッとしながらも彼から逃げることはなく、直様事の事情を説明した。





「あ、あのねっ。私もよく分からないんだけど、この前靴箱にハートのシールがついた封筒が入れられてあって、
 その中にあの写真が入っていた…よう、なの、です…」


「何で曖昧なんだ?」


「封筒の存在を忘れてて、この前転んだ拍子に鞄から出てくるまで気づかなかったの。だから中身もしらなくて」





慎重に言葉を選びながら話す悠梨を目に収めながら、瀬那は淳のネクタイから手を放す。
そして改めてその写真に目を向けた。


瀬那が見るそれは、この教室に飾られているどの写真よりも大きく、そして豪華に飾り付けされていた。
しかも入口を入ったら一番に視界に入りそうな場所。

そしてご丁寧にその写真の傍には大きな太字で【水も滴るイイ男】とプレートと一緒に飾られていた。


瀬那はじーっとその写真を目にした後、悠梨に向きなおり下駄箱に入ってあった封筒を見せるよう促す。
彼女から受け取ったそれをまじまじと見つめると、彼の表情は静かに無になり、額にはブチッという音と共に青筋が浮かべられた。





「……悪い、少し出てくる」





彼の言葉に首を傾げるクラスメイト達を余所に、淳と悠梨だけは彼の放つ凄まじい黒オーラに言葉をなくしていた。

あれは間違いなく怒っている。
瀬那はその差出人が分かったのだろう。

普段あまり目にしない程の不敵な笑みを浮かべ、彼は教室を出て行った。


彼が戻ってきたのは2時間後。
その時の瀬那はとても清々しい程の満面の笑みを浮かべていたと、誰もが確認していた。

そして【時雨祭】は無事終わり、最後に訪れてくれた人からとったアンケート調査の結果、悠梨達のクラスが優勝し、
作品のNo.1は勿論の事【水も滴るイイ男】が選ばれたのだった。


優勝賞品も貰い、悠梨のクラスは賑やかな下校を迎えた。
瀬那はギリギリまでたくさんの女子に囲まれていたものの、最後には痺れを切らして淳を犠牲に逃げるようにして学校を出た。

今は燈弥も一緒に三人で道を歩いている。





「今日はお疲れ様、先輩!優勝おめでとう!」


「ありがとう、国本君。でも、私達のクラスが優勝できたのは瀬那君のお陰だよ」


「ははっ。あの写真にはオレもビックリしたなー。ねぇ、瀬那。結局アレは誰が先輩に渡したか分かったの?」





無邪気な燈弥の問いかけに瀬那は重たい溜息を盛大に吐きながら頷く。





「どうせ予想は出来てるんだろ?今から文句を言いに行くところだ」


「やっぱり?あーあー、また事務所が騒がしくなっちゃうねー」






そんな二人の会話を一緒に歩きながら耳にする悠梨だが、目先に十字路が見え、ここでお別れだと彼女は内心頷いた。





「それじゃあ、瀬那君、国本君。また」





そう言って彼らとは違う道に進もうと一歩を踏み出したとき――――――パシッ、誰かに手首を掴まれた。
慌てて振り返った先には、





「ダメだよ、先輩。オレ一人じゃ吹雪達を大人しくさせられないんだから」


「……へ?」





にっこりと笑う燈弥。
悠梨はワケが分からないまま彼に引きずられるようにして連行された。


そしてやってきたのは以前着た事のあるあのビル。
悠梨はまたもや引きずられるがまま中へと入り、エレベータに乗り込んで、降りた先にある部屋にさっさと入れられた。





「おーい、吹雪ー。ASUKAさんが話しがあるってさー」


「何!?とうとう来たか!」





そう勢いよく振り返った彼の目は点となる。
無論、彼が視界に収めるのは燈弥でも瀬那でもなく、悠梨だった。





「OH!マイ・ハートエンジェル☆悠梨ちゃーん!!」


「!?」





駆け足で両手を広げて向かってくる吹雪に、瀬那が密かに手をかまえる。
しかし、その前に既にその部屋に集合していたメンバーの一人の渚が彼の足元に足を伸ばし、ひっかけて転ばせた。

ズザーッと勢いよく床に転んだ吹雪の顔は真っ赤。
慌てて彼に駆け寄って心配する悠梨に感動を覚えた吹雪は、目をランランと輝かせ、彼女をその腕に抱きよせた。


予想外な行動に今度は悠梨が顔を真っ赤にする番。
その光景を目にした渚と燈弥は慌てて吹雪を悠梨から引き剥がし、トドメに瀬那の真っ黒オーラが炸裂。

しばらくの間、吹雪は戦闘不能な状態ではあったが、間もなくして復活。
落着きを取り戻した頃、一人遅れて入ってきた烈火を迎え、瀬那は冷たい眼差しを向けながら吹雪に問いかけた。





「おい、吹雪。お前だろ?悠梨にコレ送ったの」


「え?」




吹雪は瀬那が差し出す真白な封筒に目を向ける。
すると直に何度も頷き、ニッカニカしながら満足げに言った。





「お!悠梨ちゃん、ちゃんと見てくれたんだー!どうよ、俺のラブレター!気に入ってくれた?」


「え、本当にFUBUKI君からだったんですか?コレ」


「そうだけど?もしかして分からなかった?」


「…差出人の名前が何処にも書かれてなかったから分からなくて…」


「えー!悠梨ちゃん気づいてくれなかったのー!?吹雪、ショックーっ」


「その話方ウゼェ!やめろっ!!」





渚の鋭いツッコミが吹雪に炸裂。しかし、ほぼ無傷。





「いやー。我ながらナイスな提案だったと思ったんだよ。この間雑誌の写真撮影の時に撮った一枚でさ、
 それは雑誌には載せないものだったから、快く貰って来たんだよ」


「んで、そのままこの封筒に入れて悠梨の下駄箱に入れたワケか」


「ごめいとう!!いや〜、一時は渚に邪魔されるし、烈火も止めてくるわで大変だったんだが…。
 今回は燈弥が味方してくれたんで助かったぜー」


「……は?」





燈弥が意味分からないと、吹雪に目を向けた。





「ちょっと待ってよ。オレ、手伝だった覚えないんだけど」


「え?あ、そっか。話はお前から聞いただけで、実際の協力者は淳だったか」


「……タケ」





ゴォッ!と黒オーラが強まる。
それを引き気味に見つめていた烈火だったが、ゆっくりと瀬那に近づき「まあまあ」と落ち付かせた。





「結局はその写真のお陰でなんとかなったんだろ?だったら今回くらい吹雪に感謝しといて損は無ェんじゃねーの?」


「……」





烈火の言葉に一理あると押し黙る瀬那。
彼はしばらく考えた後、不意に気になったことを彼に問うた。





「なあ、吹雪。お前なんであの写真を選んだんだ?別に俺じゃなくても良かっただろ」


「ばっか、瀬那!お前は何も分かってねー!」





吹雪は瀬那に真剣な眼差しを向けて力説した。





「世の中の女の子は"ああ"いった少しの露出にこそトキメキを覚えるんだよ!上半身裸なんて今どきトキメキも何もねェな!
 んで、今回の写真の中で絶妙な濡れ方、そして肌蹴方だったのはお前だよ、瀬那!そしてお前の出し物だからお前を選んだ!」




「どうよ?」と胸を張る吹雪に、絶句する瀬那。
悠梨は再びあの写真を思い出し、一人頬を赤く染める。





「いやー。やっぱイイ事をした後は気分がいいなー。なぁ、悠梨ちゃん」


「は、はいっ」





そこで急に話しかけられ、悠梨は慌てて吹雪を見つめる。
彼は彼女に近づいてワザとらしく髪をかきあげ、同じ目線になって彼女を見つめる。

思わず息をのみ、彼から目を逸らせなくなった悠梨は、煩い心臓の音が周りに聞こえてないかとか、
吹雪はどういった行動をとるのか、そして何故こんなに近いのかとアタフタしながら顔の熱を上げていた。





「あのさ、俺と瀬那……どっちが好き?」


「ええっ!?」





唐突すぎる質問に更に慌てる悠梨。
それを面白そうに見ている烈火と燈弥、呆れ顔の瀬那と渚。

吹雪は悠梨を徐々に追い詰めながら「ねえ?」や「教えて?」とワザと耳元に囁きかける。


どうしようどうしようと既に余裕をなくした悠梨は顔を真っ赤にさせて俯いた。
直後、





「初々しいー!悠梨ちゃん、かっわい―――――ッ」


「きゃあっ!?」





再び彼の腕の中に抱き寄せられた悠梨は既に茹でダコ状態。
どうする事も出来ず、ただ心臓の煩さだけが全身に伝わっている状態の中、救世主が現れた。





「だから!神聖なる事務所でセクハラすんじゃねーって前も言っただろーがっっ!!」





その怒鳴り声と共に吹雪の脳天には渚の張り手が勢いよく飛んでくる。
瞬間、吹雪の顔が壁にめり込み、唖然とする状態の中、駆け寄ってきてくれた燈弥によって、彼女は救出された。





「ごめんね、先輩。大丈夫?色んな意味で汚れてない?」


「え、えと…?ありがとう、国本君。助かりました」


「へへっ。いいよ、いいよ。どうせ後で吹雪はオシオキされるんだもん!」





燈弥に手を引かれなが安全な場所に座らせられる悠梨。
改めてその場を見渡すと、悠梨はハタと思い立った。





「あの…。私、またここに居て平気なんですか?一応皆さんのライバル会社の社長の娘なんですけど…」





不安げに全員を見渡しながら聞く悠梨は、このあと答えに自分の心配は不要だったと思い知らされた。





「別に、お前がスパイするために俺達に近づいてるんなら最初から気づいてたと思うぜ?」


「えっ?」


「ハハっ、確かに。君って結構顔に出るタイプだもんね、感情」





瀬那の言葉に同意するように烈火の声が続く。
その後も燈弥と渚の意見も同じで、悠梨は彼等が自分の母の事も含めてそう言ってくれていることに安心を感じた。

普通なら入って良い場所じゃないが、彼等が受け入れてくれてる以上、それは少なからず許されている。
そしてここの社長は夏苗の幼馴染で古くからの友人だ。それを考えれば少なからず話は通る。






「そっか。ありがとうございますっ」





笑顔でお礼を言えば、皆は穏やかに笑う。
すると今まで壁にめり込んでいた吹雪が勢いよくそこから抜け出し、突如として叫んだ。





「ちょ―っと待った―――――!!」


「…何だよ、吹雪。煩いぞ」


「瀬那!お前は良いよな、名前で呼んでもらえてよ!俺なんてなんとなく芸名で呼ばれてる気がする!!」


「別に然して変わらないだろ。お前たちの場合、芸名も名前も同じ読み方なんだから」


「ダメ!全然よくないし、ダメ―――――!!」


「吹雪!?」





吹雪は悠梨の元まで駆け寄ると、直にその手を自分のそれで包み込んだ。
そして、





「悠梨ちゃん、お願いだ!俺の事も名前で呼んで?」


「え?」


「俺、本名は来世 吹雪らいせ ふぶきっつーんだ!これからはちゃーんとこっちで呼んで?」


「えっ。で、でも…」


「あー、あと。俺と瀬那だけじゃ他の奴等は嫉妬で狂うだろうから」





そこに「狂わねーよっ」と渚のツッコミが入る。が、華麗にスルー。





「だから、俺達だけじゃなく、燈弥と烈火と、それから本当に申し訳ないけど渚の事も呼んでやってほしいな」


「何で俺だけそんな扱いなんだ?無理に呼ばせるモンじゃねーだろ、普通!?」


「ワンちゃんは黙ってなさい!」


「いでっ!―――って、オイ!いつ、何処から出したこの犬耳はー!?」





いつの間にか渚の頭には犬耳の付いたカチューシャが。
一気に賑やかになる現状に驚きつつも、悠梨は嬉しそうに目を細めた。





「あの…。もし皆が良いなら、呼んでもいいですか?」





彼女の遠慮がちな声に代表で瀬那が頷く。





「当たり前だ。反対する奴なんていねーよ」


「ま。川崎さんは渚の事色々と助けてくれた恩人さんだし」


「瀬那が許したって事は……先輩、もうオレ達の仲間入りだね!」


「…仲間…」





その単語は彼女が今まで感じた喜びの中で一番温かく嬉しいものだった。





「んじゃ、改めて。S.Bリーダー、兼、ドラム担当の吹雪でぇっす!」


「S.B副リーダー。そして、ベース担当の瀬那だ」


「俺はギター担当の烈火。朝賀谷 烈火あさがやれっかってんだ。よろしく」


「ヴォーカル担当の宝涼 渚ほうりょうなぎさだ」


「オレはキーボード担当の燈弥!改めてよろしくね、悠梨先輩っ」





それぞれの手が差し出される。
悠梨は彼等が向ける笑顔に引き寄せられ、その手に自分の手を伸ばした。





「うんっ。こちらこそ、よろしくお願いします!」





自分よりも大きな掌に包まれ、悠梨は新たに大切な物を見つけた。





「どわっ!?ご、ごめんっ。やっぱ俺ムリだわ」


「……烈火はしばらくかかりそうだな」





烈火の女性恐怖症は、果たして治ってくれるのだろうか…。

未来がどうなるかは想像もつかないけれど、明るい太陽が温かな光を注いでくれる。
悠梨には今、この時がとても幸せで、それだけで良いと笑顔が花のように浮かべられていた。


新たに生まれた絆は、今ここに花のように咲き誇る――――――…。





<第8話     第2章 プロローグ>